第30話 鋼鉄の心臓部:エンジンルームの死闘
霧が晴れ始めた東京湾の朝焼けを、不吉な重低音が震わせた。
掃除屋の女が、力なく笑いながら海面を指差す。
「……最後よ。あのタンカーのエンジンルームに、地磁気反応型の爆弾を仕掛けてある。私がここを離れれば、自動的にカウントダウンが始まるわ」
「なんですって!?」
マサが叫ぶ。燃料拠点に停泊したままのタンカーが爆発すれば、流出した重油に引火し、東京湾全体が火の海になる。
「亮さん、明さん! 船へ急いで!」
変美たちは、傾きかけたタンカーのタラップを駆け上がり、迷路のような内部へ突入した。最下層、唸りを上げる巨大なディーゼルエンジンの熱気と、「焼けたピストン油」、そして**「漏れ出した冷却水」**の蒸気が充満するエンジンルーム。
「……匂うわ。あの巨大なシリンダーの影。『新しいハンダの匂い』と、『C4爆薬のわずかに甘い杏仁のような匂い』」
変美の指差す先、エンジンの心臓部に、複雑な配線が絡みついた爆弾が固定されていた。
「クソっ、嫌な所に仕掛けやがって!」
亮がキーピックとニッパーを取り出すが、爆弾のタイマーは残り「3分」を切っている。
「……待て、亮。この配線、OSSの暗号機と同じ構造だ。単純に切ればドカンだぜ」
明が冷や汗を流しながら、かつてトレジャーハントで手に入れた「戦時中の軍事機密資料」の記憶を呼び起こす。
「マサ、ゴンゾウを接続して! 爆弾の信管にかかっている電圧を、ゴンゾウのバッテリーで中和するのよ!」
「はいっ!」
マサがゴンゾウを爆弾にドッキングさせる。ゴンゾウは「クゥーン」と鳴き、全身の回路を使って、 爆弾の起爆エネルギーを自らの内部へと吸い込み始めた。
「……ワン! ワンッ!」(分析:爆弾のケース内部に、掃除屋の女の**『涙の塩分』**を検知。彼女、これを仕掛ける時、泣いていたんだ……)
変美はその言葉に、エンジンルームの熱気の中で一瞬だけ目を伏せた。
「……彼女もまた、この鉄の塊と一緒に、自分の過去を消し去りたかったのね」
タイマーが「00:01」で停止した。
ゴンゾウが過負荷で煙を上げ、その場に崩れ落ちる。
「……止まったか」
番場が重い拳を解き、古河の槍使いが槍を床に突いた。
エンジンルームに、静かなピストンの鼓動だけが戻る。
終幕:宇都宮へ続く道
数時間後。東京湾から昇った太陽が、すべてを白日の下にさらした。
警視庁のヘリが旋回する中、掃除屋の女は唐桶刑事の手によって連行されていった。彼女はパトカーに乗り込む直前、変美の方を向き、無言で小さく頭を下げた。その肌からは、もはやあの「焦燥のフェロモン」は消え、どこか吹っ切れたような**「雨上がりのアスファルト」**の匂いがしていた。
「……さて、俺たちもズラかるか。お宝のダイヤはサツに没収されちまったが、このスリルはプライスレスだ」
亮がスカイラインのエンジンをかける。
「姐さん、また何かあったら呼びな。宇都宮まで餃子食いに行くぜ」
明が助手席から手を振る。
変美は、マサに抱えられたボロボロのゴンゾウの頭を優しく撫でた。
「ええ、待ってるわ。……でも次は、もっといい匂いの事件にしてね」
ワゴン車が東北自動車道を北へ向かう。
車窓から流れ込む風には、東京の排気ガスではなく、少しずつ、懐かしい**「大谷石の粉塵」と「豊かな田園」**の匂いが混じり始めていた。
「所長、宇都宮に着いたら何食べます?」
「……そうね。今日は、最高のニンニクの匂いがするやつを、お腹いっぱい食べましょうか」
宇都宮の街が、夕闇の中にその輪郭を現し始めていた。
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