第28話 ヘリ残骸
燃え盛る重油と、墜落したヘリの残骸から噴き出した超低温の炭酸ガス。
熱と冷気が激突し、東京湾の燃料拠点は、視界数メートルも保てないほどの**「命を飲み込む濃霧」**に包み込まれた。
プロイセンの軍人が残した言葉通り、「戦場とは常に厚い霧に覆われている」。
温度探知機も暗視装置も、この物理的な「情報の断絶」の前では無力なガラクタと化した。
「……亮、明、動かないで。一歩でも動けば、その足音で位置を特定されるわ」
変美の声は、霧の奥から低く、だが確かな重みを持って響いた。
トレジャーハンターの二人も、番場も、古河の槍使いも、武器を構えたまま静止する。目に見えるものは何もない。あるのは、濃霧に反射する不気味な炎の残光だけだ。
「……クソっ、何も見えねえ。敵がどこにいるのか、さっぱりだ……」
明が槍を握る手に汗を握る。
だが、変美にとって、この霧は「空白」ではなかった。
視界がゼロになったことで、彼女の嗅覚は極限まで研ぎ澄まされ、霧の粒子一つ一つに含まれる「情報」をスキャニングし始めた。
「……左方30メートル。重油の匂いに混じって、**『冷え切った銃身の鉄』**の匂いが移動している。組織の生き残りね」
「……前方15メートル。足元のコンクリートが削れる**『硫黄のような石の粉』**。掃除屋の女よ。彼女、ダイヤのスーツケースを抱えて、
「ワン……!」
足元で、ゴンゾウが低く唸る。デジタルな視覚を捨て、ゴンゾウもまた変美の嗅覚データと同期し、霧の中の「熱源の残渣」を追い始める。
「姐さん……本当に行けるのかよ。一歩間違えば味方撃ちだぜ」
亮がワルサーのセーフティを外す。
「信じなさい。この霧の中では、誰も嘘をつけない。……今、掃除屋の女から漂ってきたわ。恐怖と、そして逃避行への**『絶望の汗』**の匂い」
変美は、霧の向こう側に潜む「敵の輪郭」を、その匂いの濃淡だけでキャンバスに描くように捉えていた。
「……古河の御仁。八時の方向、斜め上に突きを。ヘリの残骸に隠れている狙撃手よ」
「番場さん。二時の方向へ三歩踏み込んで左フック。そこに、あなたの肉体の熱を狙っている工作員がいるわ」
霧の中で、変美の言葉だけが「真実の座標」となった。
視覚を奪われた仲間たちが、彼女の「鼻」を信じて、見えない敵へと牙を剥く。
「……掃除屋。あなたの『無臭』という鎧は、この濃霧の中で完全に剥がれたわ。あなたの震える心臓が送り出す、**『生への執着』**の匂い……隠し通せると思わないことね」
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