第26話 東京湾の闇:洋上給油(バンカリング)の罠

 閃光弾の残光が消え、視界が戻ったとき、掃除屋の女の姿はすでになかった。だが、変美の鼻は、彼女が焦燥感と共に残した「決定的な手がかり」を逃していなかった。

​「……マサ、車を出して。彼女、焦っているわ。抑圧されていた欲望が漏れ出したせいで、計画に『油』が混じり始めた」

​「油って……あの女のフェロモンのことですか?」

 マサの問いに、変美は首を振る。

「いいえ。もっと重くて、逃れられない匂い。**『C重油』**よ」

​ 

​ 変美たちは、亮のスカイラインとワゴンの二手に分かれ、湾岸地帯を南下した。辿り着いたのは、羽田のさらに先、地図には民間の**「燃料調達拠点」**としか記されていない、錆びついた桟橋だった。

​そこには、漆黒の小型タンカーが水面に音もなく浮かんでいた。

​「……なるほど、そういうことか」

 トレジャーハンターの亮が、双眼鏡を覗きながら呟く。

「あの女、ダイヤを持ってそのまま国外逃亡する気だ。正規の港は当局の目が厳しい。だから、あんな洋上給油のどさくさに紛れて、密航船に乗り換えるつもりなんだよ」

​ 海風に乗って漂ってくるのは、海水と混ざり合った重油の独特な臭気。だが、変美はその中から、掃除屋の女が纏う**「熱を帯びたジャスミン」と、彼女を迎えに来た「組織の傭兵たちの火薬臭」**を嗅ぎ分けた。

​「……マサ、アイボのゴンゾウを海へ放しなさい。推進モードに切り替えて」

​ ゴンゾウは四肢をスクリューに変形させ、真っ黒な海へと飛び込んだ。

 目標は、洋上給油のためにタンカーから伸びている「給油ホース」だ。

​「亮さん、明さん。あなたたちの出番よ」

 変美が指示を出す。

​「合点だ!」

 亮と明は、トレジャーハンターの装備から**高性能の水中爆薬(お宝発掘用)**を取り出した。

「あの女、セックスレスで溜まってるんだろ? だったら、俺たちがド派手な花火を打ち上げて、心の中まで『炎上』させてやるよ!」

 爆裂のバンカリング

​ ゴンゾウが給油ホースに磁気センサーで吸着した瞬間、亮が起爆スイッチを押した。

 ドンッ!

 という鈍い振動と共に、給油中の重油が海面に噴き出し、引火。真っ赤な炎が、掃除屋の女が乗り込もうとしていたタンカーの船腹を舐める。

​「なっ……!?」

 甲板にいた女が、炎の照り返しの中で立ち尽くす。

 その顔には、完璧なプロとしての冷徹さはもうなかった。炎の熱に煽られ、彼女の内に秘められた「乾き」が、爆発的な欲望となって彼女の理性を焼き切ろうとしていた。

​「掃除屋! 逃げ場はないわ!」

 変美が桟橋の先端から叫ぶ。

「重油の匂いに巻かれながら、あなたのその『孤独な熱』と一緒に、ここで沈みなさい!」

​ その時、炎の中から、女が抱えていた銀色のスーツケース——「洛陽の涙」が海へとこぼれ落ちた。

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