第25話 掃除屋の「空白」

 銃撃戦の硝煙が漂う中、矢田亜希子似の掃除屋の女は、古河の槍使いに銃を弾き飛ばされながらも、不敵な笑みを崩さなかった。

​ 彼女の纏う「無機質な潔癖さ」の裏側には、長い間、誰にも触れさせず、自分自身でも持て余している**「肉体の飢餓感」**が澱のように溜まっているのを、変美の鼻は見逃さなかった。

​「……匂うわ。あなたのその、張り詰めたような殺気の奥底」

​ 変美が、銃撃戦の静寂を縫うように一歩踏み出した。

​「あなたが必死に消そうとしているのは、現場の証拠だけじゃない。自分自身の女としての『熱』……  長期間、誰にも抱かれず、欲望を封じ込めてきたことで発酵し始めた、**『焦燥のフェロモン』**よ」

​「黙りなさい……!」

 女の冷徹な仮面が初めて剥がれ、頬がわずかに紅潮する。

​ 彼女は、組織の完璧な道具として生きるために、私生活のすべてを犠牲にしてきた。セックスレスという空虚な日々が、彼女の神経をより鋭く、より残酷なものへと研ぎ澄ませていたのだ。だが、その抑圧されたエネルギーは、今や限界を超え、彼女の肌から**「熱を帯びたジャスミン」**のような、むせ返るような匂いとなって漏れ出していた。

​「……なるほどな」

 助手席の亮が、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。

「あんなに綺麗な面して、中身はカラッカラの砂漠か。だからあんなに、他人の人生を『掃除』することに執着してやがったんだな」

 ​明がニヤリと笑い、長槍を構え直す古河の槍使いの横で呟く。

「宝探しもいいが、あの女の『本音』を抉り出すのは、もっと面白そうだ」

​ 女は、自分の弱みを匂いで暴かれた屈辱に震え、懐から最後の隠し武器——超小型の閃光弾を取り出した。

​「……触れさせない。誰にも、私のこの『渇き』には……!」

​ 閃光が弾け、明石町の通りが真っ白に染まる。

 変美は目を閉じ、その混乱の中で、女が最後に残した**「自分自身すら抱きしめられない孤独な熱」**の匂いを、深く記憶に刻み込んだ。

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