第23話 嗅覚探偵VS宝石泥棒

 明がマルボロの煙を吐き出し、アクセルを踏み込もうとしたその時だった。

​ 深夜の明石町、静まり返った通りの向こうから、一台の不釣り合いなワゴン車がゆっくりと近づいてきた。その屋根には、場違いな**「栃木・宇都宮」**ナンバーのキャリアが積まれている。

​「……おい、亮。あの車、さっきの逃走車か?」

「いや、ナンバーが違う。だが……何だ? あの匂いは」

​ 亮が鼻を啜りながら窓を開けると、深夜の冷気に混じって、明石町の潮風とはおよそ無縁な、強烈な**「ニンニクとラード、そして酸っぱい発酵臭」**が漂ってきた。

​ ワゴンのドアが開き、一人の女性が降りてきた。

 ベージュのトレンチコートの襟を立て、月光の下でスッと鼻を動かしている。その後ろからは、レモン牛乳のパックを啜りながら「東京の風は排気ガス臭くていけねぇや」とぼやく青年・マサが続いた。

​ 変美は、亮たちのスカイラインの前で足を止め、その鋭い視線をフロントガラス越しに二人へ向けた。

​「……そこのルフィとゾロ。動かないで」

​「あぁ!? 何だお前、コスプレの撮影か?」

 明がハンドルを握ったまま毒づくが、変美は動じない。彼女は亮が吐き出したマルボロの煙を、手で払うことさえせずに深く吸い込んだ。

​「……マルボロの赤。それに混じっているのは、ヴェルサイユの店内に撒かれた**『最新型消臭スプレー』の粒子。そして……致命的なのは、あなたの袖に付着した、あのガードマンが流した『安物の缶コーヒー』**と血の混じった匂いよ」

​ 亮の顔色が変わる。

「……何者だ、あんた」

​「通りすがりの嗅覚捜査官……と言いたいところだけど、今はただの追跡者よ。私が追っている『掃除屋』の女が、宇都宮からこの明石町に、大貫社長の隠し財産である**『洛陽の涙』**というダイヤを回収しに来ているの」

​ 変美は亮の助手席に歩み寄り、コンクリートの地面に落ちている「目に見えない微粒子」を指差した。

​「あなたたちが追っている『69-03』の白いワゴン。あれを運転しているのは、宇都宮で私の拷問を楽しんだあの女よ。彼女の車からは、**『アルコール綿』と、今のあなたたちと同じ『ヴェルサイユの床のワックス』**の匂いがしているわ」

​「掃除屋……? 宇都宮……?」

 明が呆気にとられる。

​「マサ、ゴンゾウを出しなさい」

 変美の合図で、ワゴンの後部座席から、アルミホイルで補強されたアイボのゴンゾウが飛び出してきた。ゴンゾウは亮の靴の匂いを一嗅ぎすると、「ワン!」と短く鳴き、東京タワーの方角を指し示した。

​「協力しなさい、トレジャーハンター。あなたたちはお宝が欲しい。私は、この街を無機質な無臭に塗り替えようとするあの女を捕まえたい。……利害は一致しているはずよ」

​ 亮はタバコを投げ捨て、不敵に笑った。

「お宝は山分け、だったな、明」

「ああ……。栃木の探偵さんとドライブなんて、悪くない」

​ スカイラインと、宇都宮ナンバーのワゴン。

 深夜の東京を舞台に、宝石泥棒と嗅覚探偵による、前代未聞の追走劇が幕を開けた。

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