第18話 古河の刺客

 宇都宮の勇士たちが集結し、事態が終息に向かうかと思われたその時、オリオン通りの南側――茨城と栃木の県境、古河方面から空気を切り裂くような「鋭い風」が吹き抜けた。

​ 納豆の粘り気さえも一刀両断いっとうりょうだんするかのような、長く、冷たい影。

 ■ 境界の守護者:古河こがの「一突人つき

​ 出身: 茨城県古河市(栃木・埼玉・群馬の境界を背負う街)

​ 特徴: 現代に生きる宝蔵院流槍術の使い手。3メートルを超える長槍を、原付バイク並みの速度で操る。

 ​現在の匂い: 「古い木刀の油」、「渡良瀬遊水地のあしの匂い」、そして**「冷徹な殺気」**。

​「……宇都宮が核で騒がしいと聞いたが。騒々しいのは、納豆とチンピラだけか」

​ 静かに現れたその男は、古河から国道4号線をひたすら北上し、宇都宮に乗り込んできた。彼の持つ長槍の穂先は、街灯の光を反射して青白く光っている。

​「古河の槍使い……! なぜあんたがここに!」

 唐桶刑事が顔をこわばらせる。

​「掃除屋の女よ。お前が群馬や宇都宮で撒き散らした『不自然な静寂』は、古河の風を乱した。境界線を越えて土足で荒らす者は、我が槍が許さぬ」

​変美の鼻が、槍使いの背後から漂う**「濡れた石と川霧の匂い」**を捉えた。

「……待って。彼は敵じゃない。彼の槍には、組織の息がかかった『偽りの匂い』が一切ない。あるのは……境界を守り続けてきた、古い武士もののふの誇りだけよ」

​ 掃除屋の女は、ついに奥の手を出した。

「……なら、その誇りごと貫いてあげるわ。特殊部隊、全員抹殺(イミネート)しなさい!」

​ 工作員たちが一斉に銃火器を向けたその瞬間。

「――『渡良瀬のつゆ』」

​ 槍使いの姿が消えた。

 目にも止まらぬ速さの踏み込み。長槍の石突きが納豆の海を叩き、その反動で跳ね上がった穂先が、工作員たちの銃身だけを次々と真っ二つに叩き斬っていく。

​「番場、合わせろ!」

 鉄心が大谷石を投げつける。

 番場がその石を空中で殴り、不規則な変化球に変える。

 そしてその石が作り出した死角から、古河の槍使いの鋭い一突きが、掃除屋の女が持つ起爆デバイスの心臓部を正確に貫いた。

​「……私の、完全な計画が……」

 デバイスが火花を散らし、プルトニウムの臨界アラートが消えた。

 宇都宮の空に、ようやく本当の夜の静寂が戻ろうとしていた。

​「古河の御仁、助かったぜ」

 番場が拳を解き、鉄心が汗を拭う。

 槍使いは槍を収め、変美をじっと見つめた。

​「探偵殿。お前の鼻は、この街に渦巻く『欲望の腐敗臭』に負けなかったようだな。……次は古河で、渡良瀬の風でも嗅ぎに来るがいい」

​ 男はそう言い残すと、夜霧に紛れるように南へと去っていった。

 エピローグ:宇都宮の朝

​ 翌朝、オリオン通り。

ボランティア(という名の、唐桶に捕まった津田たちチンピラ)による納豆の清掃が始まった。

​ 変美は事務所の窓を開け、街に漂う**「炊き立ての米と、焼きあがる餃子の香ばしい匂い」**を深く吸い込んだ。

​「所長! 鉄心君から、大谷石の特製アロマストーンが届きましたよ! それにサキさんからは……『次は競艇で取り返すから、これ取っておいて』って、ハズレ舟券の束が」

​ マサが呆れたように笑いながら、新しいレモン牛乳をデスクに置く。

​「……ふふ。どんなに消そうとしても、この街の匂いは消えないわ。マサ、次の現場へ行くわよ。今度は……バンバ通りで『呪いの餃子』の匂いがするって依頼よ」

​「えぇー! またですか!?」

​ 宇都宮の街に、今日も変美の鋭い鼻が、新たな事件の匂いを捉えていた。

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