第2話:金貨10枚の重み
足元に転がった10枚の金貨を拾い上げる。
ずしりとした重み。この世界の通貨『ガルド』ではなく、見たこともない紋章が刻まれた純金だ。
「……まずは、まともな飯と宿だな」
俺はバグが浄化された「最果ての断崖」を後にし、街へと引き返した。
門番たちは、追放されたはずの俺が、傷一つなく戻ってきたことに目を剥いていたが、構わず通り過ぎる。
向かったのは、街で一番高級な宿屋『銀の月亭』だ。
かつて『天光の剣』のメンバーが、「無能なカイトには似合わない」と言って俺をロビーにすら入れなかった場所だ。
「おい、そこまでだ。ここは冒険者が冷やかしで来る場所じゃないぞ」
入口でボーイに止められる。案の定だ。
俺は無言で、先ほどの金貨を一枚、カウンターに放り投げた。
——コン、と高い音が響く。
「……っ!? こ、これは……聖刻金貨!? バカな、失われた古代帝国の……」
ボーイの顔色が、一瞬で土色に変わった。
この世界で一般的に流通している金貨100枚分に相当する、超高価値のレアアイテム。それが、俺がバグを直して手に入れた「報酬」の正体だった。
「一番いい部屋を。それと、最高の食事を頼む」
「は、はいっ! ただいま!」
さっきまでの無礼が嘘のように、深々と頭を下げるボーイ。
現金なものだ。だが、これがこの世界の真理だ。
食堂の隅で、最高級のワイバーンステーキを頬張っていると、騒がしい声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 『天光の剣』が、南の森の討伐で大失敗したらしいぜ」
「ああ。なんでも、魔物の体が急に消えたり現れたりして、攻撃が当たらなかったとか……」
——バグだ。
この世界のいたるところで、修正不能なシステムエラーが起き始めている。
アリオスたちのような脳筋パーティには、あれは倒せない。
その時、食堂の扉が荒々しく開いた。
現れたのは、ボロボロになった装備を身に纏ったアリオスたちだった。
「クソがっ! なんだあの化け物は! 魔法が透過するなんて聞いてないぞ!」
アリオスが毒づきながら周囲を見渡し、俺と目が合った。
彼は一瞬、信じられないものを見たという顔をしたが、すぐに鼻で笑った。
「なんだ、カイト。生きていたのか。……だが、こんな高級店で何をしている? どうせ、最後に残った金をはたいてヤケ食いでもしてるんだろうが、惨めだな」
アリオスの取り巻きたちが、クスクスと下卑た笑い声を上げる。
俺は、最後の一口を飲み込み、優雅にナプキンで口を拭った。
「……アリオス。お前たちの剣じゃ、あの魔物は一生倒せないぞ。世界の『座標』がズレているからな」
「あ? わけのわからんことを。無能なフラフープ使いが、知った風な口を利くな!」
アリオスが剣の柄に手をかけた、その時だった。
「大変です! 宿の裏庭に、巨大な『黒い穴』が出現しました! 近くの建物が呑み込まれています!」
従業員の悲鳴が響く。
食堂の窓から外を見ると、巨大な空間の欠落——バグによる消失現象が起きていた。
アリオスたちが顔を強張らせる。
「ちっ、行くぞ! ここで恩を売れば、ギルドから報酬が出る!」
意気揚々と飛び出していく『天光の剣』。
だが、彼らが放つどんな奥義も、実体のないバグには届かない。
「……やれやれ。飯の邪魔をされたな」
俺はゆっくりと立ち上がり、腰にある「木の輪」に手を触れた。
「——デバッグの時間だ」
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