第三話 秋、うろこ雲

 小さな雲片が空いっぱいに広がっている。それを眺めながら、ぽつりとわたしは呟く。


「うろこ雲といわし雲とさば雲って何が違うの?」

「魚のうろこみたいに集まっているのがうろこ雲、いわしの群れみたいに見えるのがいわし雲、さばの背の模様みたいになっているのがさば雲なんだってさ」

「わかるようなわからないような?」

「因みに、うろこ雲が現れると天気が悪くなる前兆なんだって」

「そういえば、明後日雨が降るって天気予報で言っていたっけ」

「確か、『うろこ雲が出たら三日のうちに雨』って言い伝えがあった気がする」

「初耳。流石は雲井くん。苗字に雲が付く男」

「関係あるのか?」


 首を傾げる雲井くんの上では、夕闇に染まりつつある空が広がっていた。



 次の日、天気予報と雲井くんの言葉通り雨が降った。

 外のベンチでお昼ご飯を食べることもあるけど、雨が降っているため今日は大人しく空き教室で食べていた。当たり前のように雲井と、だ。


「雲井くんって雨の日でも関係なく宙に浮かんでいるよね」

「雨の日は水たまりがあるからね。車が来たと思ったら水が飛び散って濡れたことがあってさ、浮かんでおけば避けられたのになぁってその時思ったから」

「わたしは長靴履いて進んで水たまりに浸かりに行ってたなぁ」

「えー」


 他愛もない話をしながらご飯を食べる。

 外では雨が降り続いている。分厚い灰色の雲が空を覆っていた。

 先に食べ終えた雲井くんが弁当箱を片付けながら言う。


「それにしても、低気圧だからか今日すっごく眠いんだけど」

「わかる」


 雲井くんの言葉に頷く。授業中、何度寝そうになったことか。


「特に倫理の授業が眠い」

「わかる」

「今のうちに寝だめしておくかぁ」


 雲井くんはふわぁと大きなあくびをしながら机に突っ伏した。

 見えるのは雲井くんの真っ白な髪。


「雨の日だと、髪が余計に纏まらないんだよね」


 とは、雲井くん談だ。

 確かに、いつもよりボリュームがあって、ふわふわというかもこもこな感じ。

 そこで沸いたのはちょっとした好奇心だ。

 手を伸ばして、雲井くんの髪へと触れる。

 思ったよりも細くて、柔らかい。気持ちいいさわり心地に、「おおっ!」と感嘆の声を漏らしそうになった。

 無意識のうちに、髪を触るというよりも頭を撫ででいた。

 ――ああ、好きだなぁ……。

 何故このタイミングでと思わなくもないが、そう強く思った。

 ――わたしは、雲井くんが好きなんだ。

 何だか胸にすとんと落ちてきた。そう自覚したのは今日が初めてだけど、その気持ちはもっと前から存在していた気がする。

 暫し撫でていると、雲井くんの髪から覗く耳が赤くなっていることに気がついた。

 あれ、と思っていると、雲井くんがまるで空を漂う薄雲のようにすぅと消えて行く。


「く、雲井くん……?」


 わたしが困惑している間に雲井くんの姿は完全に消えた。そして、目の前の椅子ががたりと動いたかと思えば、だだだっと遠ざかって行く足音が聞こえた。


「えぇー?」


 雲井くんと出会って初めて知ったが、どうやら彼は宙に浮かべるだけじゃなかったらしい。


「そんなところまで雲に似なくていいんだよ、雲井くん」


 彼の雲みたいな一面を新たに知ったそんな昼下がりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る