第二話 夏、入道雲
じーっと見ていて、わたしはふと思った。
「綿菓子が食べたい」
「それは、入道雲を見たから?それとも僕の髪を見たから?」
「両方」
「両方かー」
ふわふわな入道雲とふわふわな雲井くんの髪のダブル攻撃により、わたしの脳内は綿菓子で埋め尽くされていた。
夏になると何となく綿菓子を食べたくなる。きっと翳り一つないふわふわの入道雲が見られるから。それに、今年は真っ白なふわふわの髪をもつ雲井くんが隣にいるから、なんて理由が加わった。
「綿菓子が売っているかはわからないけど、今度の夏祭り行ってみる?」
「行く!」
雲井くんの言葉に、わたしは二つ返事をした。「それじゃあ決まりだね」と雲井くんが笑った。
そして迎えた夏祭り当日。
よくよく考えてみれば、男の子との二人きりでのお出かけなんて初めてだ。
何となくどきどきしながら待ち合わせ場所に向かうと、既に雲井くんはいた。
こちらを認めた彼は「おおー」と声を上げた。
「浴衣だ」
「折角だし、見せびらかそうと思って」
雲取りに朝顔をあしらった浴衣は夏らしくてわたしも気に入っている。髪も結い上げて、簪を挿していた。
雲井くんはわたしを眺めた後、一つ頷いた。
「いいね。夏って感じがして。似合っているよ」
ここでさらっと褒めてくれるのが雲井くんである。この男には羞恥心というものがないのだろうか。
下駄を履いているため歩くのが遅いわたしに、雲井くんはゆっくりと歩幅を合わせてくれる。そういうところも優しいなと思う。
「今日は宙に浮かばないの?」
「人も多いしね。それに、ゆっくりと歩きたい気分なんだ」
雲井くんが宙に浮かんでいないからか、距離が近い。そのことにちょっと恥ずかしくなった。あまり近すぎても意識しちゃうし、離れすぎてもはぐれそうになる。距離感が難しいとぐぬぬとわたしは一人呻いた。
いろんな屋台が並ぶ中で、お目当ての屋台を見つけた。
「二つください」
「はいよ」
綿菓子を二つ受け取った雲井くんが、片方をわたしの手に握らせてきた。
「お金……」
「いいって」
そう言って雲井くんはお金を断固として受け取らなかった。
他の屋台でお返ししようと思いつつ、入道雲みたいな綿菓子を口に含む。
ふわふわは口の中ですぐに溶けて消えていく。
隣を見ると、雲井くんも原価がどうのこうの言いながらも綿菓子を食べていた。
一口が大きいからか、わたしよりも食べるのが早い。ふわふわがふわふわを食べている状況に、わたしはふふっと声を漏らした。
「共食いだ」
「五月蝿いよ」
じろりと雲井くんに睨まれたが、持っているものも相俟って全然怖くはなかった。
それから適当に屋台を巡ってお腹を満たした。射的や水風船すくいなどもあったが、専ら花より団子だった。
「そろそろ移動しようか。花火を眺める良い場所に案内するよ」
そう言われて雲井くんについて行く。
人混みから次第に遠ざかる。
――何処へ向かうのかな?
少し歩いて辿り着いた先は高層ビルだった。でも、入り口は閉まっているようだ。
「ちょっと失礼」
「うわっ!?」
雲井くんがわたしの後ろに立ったかと思ったら、次の瞬間両腕で抱きかかえられた。いわゆる、お姫様抱っこの状態だ。
突然のことにわたしはついていけなくて、情けない声を発することしかできない。
「え、え!?」
「上へ参りまーす」
そして、あろうことか、この状態で雲井くんは宙に浮いた。
地面からどんどん離れて行く。
浮遊感が怖い。恥ずかしさなんて捨てて、わたしは雲井くんにしがみついた。下を向いたらダメな気がする。
――宙に浮くのってこんな感じなんだなぁ……。
現実逃避にそんなことを考えていると、あっという間にビルの屋上に着いた。
長いような短いような浮遊感の後に、ゆっくりと下ろされる。足元がふらついたが、雲井くんが支えてくれた。
「もうすぐかな?」
雲井くんが時計を確認した時、ひゅーと音がした。
一つ、二つと夜空に大きな花が咲く。
人混みにも建物にも阻まれることなく花火を見るのは初めてのことだった。
わあ、という歓声がわたしの口から自然と溢れた。
「雲井くん。こんな素敵な特等席に連れてきてくれてありがとう」
「どういたしまして。また来年も連れてきてあげる」
にっと笑ったその姿が花火によって照らされる。
わたしの心臓がどきりと大きく高鳴った。
その理由は、花火を打ち上げる大きな音を聞いたからなのか、それとも別の理由か。
――何だか、顔が熱い。
わたしは雲井くんから顔を逸らして、花火を見ることに徹した。
どうか雲井くんがわたしじゃなくて花火を見ていますようにと願いながら。
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