雲井くんと風早さん
葉野亜依
第一話 春、綿雲
雲井くんは雲みたいな人だ。苗字にも雲が入っているし、何と言っても特徴的なのは真っ白な癖のある髪。ふわふわなそれがまるで本物の雲のよう。
だけど、彼が雲みたいなのはそれだけじゃなくて。
「おはよう、風早」
「雲井くん、おはよう。いつも言っているけど、普通に現れて」
「えー、だって歩くの疲れるじゃん」
雲井くんは空に浮かぶ雲のように、ふわふわと宙に浮きながら現れた。
そう、雲井くんは宙に浮かぶことができる。
初めて会ったその日から、当たり前のように彼は宙に浮かんでいた。
*
春休み。麗らかな天気が気持ち良く、わたしは散歩でもしようと出掛けた。そして今、とても困っていた。
自分ではどうしようもできなくて、もはや泣きそうだ。
「うみゃー」
「お願いだからあまり動かないで……!」
見上げた先には猫がいた。それはまあ、いい。
普通だったら「わー、猫だー」と和んでいたことだろう。
だけど、問題は猫がいる場所だ。
猫は木の上にいた。正確に言えば、その太い枝の上にいた。太いと言っても、枝からは猫の体躯がはみ出ている。ちょっとでもバランスを崩したら、猫は落ちてしまうだろう。
どうやら、猫は木から下りられなくなってしまったようで、「助けてくれー」と言わんばかりにずっとうみゃうみゃと鳴いているのだ。
散歩をしていて偶々通りかかって、「猫の鳴き声がするなー。何処にいるんだろう?」と探してみたら既にこの状態で。
助けたいけど、わたしは木登りができない。それに、登れたとしても、猫を抱えてどうやって木から下りられるだろうか。いや絶対に下りられない。
猫が飛び下りたところをキャッチするしかないと思ってこうして木の下で待っているのだが、ちゃんとキャッチできるかも不安になってきた。
――でも、わたしがやるしかないんだ!
少しでも枝に近くなるように背伸びをする。
「キャッチするから、おいでー」
「うみゃぁー!」
手を伸ばしてみるが、「飛び下りるなんてできるはずないだろう!」と言わんばかりに猫が威嚇してきた。「じゃあ何で登ったんだ!」と文句を言いたいところだがぐっと堪えた。
――ああ、一体どうしたら……!
「どうしたの?」
困ってうろうろしていると、後ろから声がした。
驚いて振り返る。すると、そこにはわたしと同い年くらいの男の子がいた。彼のふわふわの白い髪をみて、まるで雲みたいだなとのんきにもそんなことを思った。
わたしは男の子に現在の状況を説明する。
「猫が木から下りられなくなってみたいで……」
「なるほどなるほど。僕に任せて」
良かった。どうやらこの男の子は木登りができるようだ。
気をつけて登ってね、と言おうとしたその時。
ふわり、と男の子が宙に浮いたのだ。
「……え?」
わたしが驚いている間にも、男の子はふわふわと浮いて上昇し、木の上の猫へと近づいていく。
「よしよしよしー。良い子だから大人しくしていて……ってこら暴れるな!」
そんな遣り取りをしながらも男の子は猫を抱えて、ゆっくりと地上へと下りてきた。
男の子の足が地面へと着く。すると、猫は男の子の腕からするりと飛び下りた。
律儀にもお礼を言うように「うにゃー」と一つ鳴いた後、猫は何処かへと駆けて行ってしまった。
「もう下りられないところに登るんじゃないぞー」
男の子は去っていく猫にそう声を掛けた。
唖然とその様子を見ていると、男の子とぱちりと目が合った。
慌ててわたしはお礼を言う。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「まさか、宙に浮かべるなんて思わなくてびっくりしちゃった」
素直にそう告げる。男の子は小さく笑った。
「もしかして、僕みたいな人間とは初めて会った?」
「う、うん」
「それはそれは。驚かしちゃってごめんね」
そう言いつつも、男の子はとても楽しそうだ。
「それにしても、何であの猫は木の上に登ったんだろうね」
「高い所で、日向ぼっこがしたかったのかな?気持ち良さそうだし」
「まあ、その気持ちはわかるかな。僕も木の上でのんびりすることもあるし」
男の子が大きな木の幹に座ってのんびりしているところを想像する。
敢えてわたしは彼に訊いてみた。
「木登りして?」
「まさか。宙に浮かんで、だよ。それに僕、木登りできないし」
「ふふっ」
そう言った男の子に、わたしは思わず笑ってしまった。
「雲の上でお昼寝とかも気持ち良さそう」
「流石に雲までは届かないなぁ」
男の子が青い空を見上げたので、わたしも倣う。
そこには、綿のようにふわふわとした雲が浮かんでいた。
それが、雲井くんとの出会いだった。
彼との縁はこれだけではなかった。
高校の初登校の日。どきどきしながら通学路を歩いていたその途中で、わたしはふわふわと浮かぶその姿を見かけた。
真新しい制服姿の彼を見て、わたしは彼も同じ高校なのだと察した。
じっと見つめていれば、あちらもわたしに気がついたようで、目を丸くしている。そして、やあ、と彼は話しかけてきた。
「また会ったね」
「まさか、同じ学校だったなんて」
そのままの成り行きで、彼と共に歩く。とは言っても、彼の足は地面についていないけど。
「クラスも同じだったりして」
「まっさかー」
それがフラグだったのか、本当にクラスも一緒だった。
お互いに顔を見合わせて、わたしたちはどちらからともなく笑い出した。
「僕は雲井。これからよろしく」
「わたしは風早です。こちらこそよろしく」
初登校の緊張はいつの間にか消えていた。
雲井くんは、わたしが高校生になってからの初めての友だちとなった。
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