第6話 あの子が欲しい(彰宏side①)


一瞬で目を奪われたー。


とある会社の創立記念パーティーに、次期社長として現社長の父と参加した時の事。

実は俺は社交の場があまり得意じゃない。社長を継ぐ以上はそんな事を言っていられない事は解っているのだが…。仕事上の付き合いなら良い。会社をより発展させる為の糧となる社交なら喜んで参加するさ。だが、中には『見合い』を目的とする輩もいる。俺はαだが、支配階級にはαが多い事から、年頃の娘やΩ性の息子を伴って参加し、どこかの将来有望な男にアプローチさせる。いわゆる『政略』狙いで。

俺も彼らのターゲットの一人。この時も媚を売ってくる相手を適当に躱し、いつもの様に壁の花(男でも"花"なのかは知らないが)に徹し、なんとはなしに会場内を視線だけを彷徨わせていた。

その時ー。


『彼』を見て、一瞬、呼吸を忘れた。

正確には、その『笑顔』を見て…。

 

あれは…あの子は誰だ? 何処の…。

もたれていた壁から背中を離して彼を見つめていると、挨拶回りから父が戻って来た。


「お前はまた、壁の花なんぞになりおって…。毎度毎度、何のために連れて来ていると…」

「ねえ、父さん。あの子はどこの子?」


父のお小言を遮って訊いた。


「? あの子?」

「ほら、あそこでお父さん…かな?と、いる子」


俺が示した方を見た父は「ああ…」と頷いた。


「長峰社長じゃないか」

「長峰?」

「………。お前は…。いくら我が社とは取引がないとはいえ、この業界にいるなら知っていて当然な大物だというのに…」

「小言は後で聞くから」

「………。…はあ……。

おそらくあの子は長峰社長の次男だろう。確かΩ性だったはずだ。ついでに言えば、二人と一緒にいる美女は長女だな。何度か見た事がある」

「Ω? あの子、Ωなのか?」


Ωだと聞いて驚く。離れていても分かるが、Ωにしては背が高い。俺の知る限り、Ωは小柄で中性的な容姿をしている。あくまで俺の知る限り…だが。当然、そうでないΩもいるだろう。視線の先の彼は、俺の心を射抜いた笑顔は可愛かったが、こうして改めて見ると、どちらかといえば綺麗系だと分かる。それこそ、小柄なαだと言われても納得出来るほどに。スーツを着ていても分かる身体つきも男性そのもので、一般的なΩ特有の華奢さは見受けられない。


「縁談の申し込みが殺到するだろうな」

「…! はっ…!?」


父が何やら不穏な事を言い、俺は声を上げた。


「縁談!?」

「ああ。今日同伴したという事は、あの子は二十歳になったという事だろう。長峰との繋がりを持ちたい会社や家は多い。娘の婿に、もしくは、彼はΩだからαの息子の嫁にと…」

「…冗談じゃない…。政略なんて……。

父さん、挨拶回りは終わった? 帰れる?」

「ん? 終わったが、どうし…」


俺は父さんの腕を掴んだ。


「帰ろう! 今すぐに!」

「は? どうした急に…。疲れたのならお前だけ先に…」

「父さんも一緒じゃないとダメなんだ!」

「………。…ったく…。分かった。少し待ってなさい。主催者に挨拶してくるから」

「急いで!」


父を急かして礼儀として主催者側に挨拶を済ませて、俺と父は会場を後にした。


自宅に着くと、早々の帰宅にいぶかしむ母と使用人に適当に挨拶をして、着替えもしないままに父を執務室に押し込んだ。


「父さん、長峰家にお見合いの打診をして欲しい」

「は…?」

「あの子に一目惚れした」

「……………」


父の反応も無理はないと思ったが、退くつもりはない。


「お願いします」


頭を下げる。


「…分かった。打診してみよう。長峰家は末息子以外は家族みんなαだが、あの子を家族みんなが溺愛しているという。万に一つも政略結婚などさせんだろう」

「そうなのか?」

「私も噂で聞いただけだが、今日の様子を見る限り、あながちただの噂ではなさそうだ。お前が彼に一目惚れした事はしっかり伝える。ただ、溺愛しているからこそ断られるかも知れないという事も念頭に入れておけ。あと、これは当たり前の事だが、もし彼との今後があれば、自ら欲したからには大切にしなさい。一目惚れが手に入れた途端に飽きて蔑ろにするなど許されない」

「分かってる。あの子が俺を受け入れてくれたら、生涯かけて大切にする」

 

俺はしっかりとうなずいた。


もし…もしもこの時の父の言葉と自分が言った言葉をもっと重く受け止めて、脳内にしっかり焼き付けていたら……。

近い未来、自らが招いた選択が、後悔に苛まれる日々を招く事を、この時の俺はまだ知らないー。


 


結論から言えば『お見合い』は成功し、俺は彼ー琳と結婚を前提とした交際を始めた。

琳はΩらしくない自身の見た目を気にするが、Ωだと知る前に惚れた俺としては、手の届く距離にいる琳は可愛くて堪らない。琳の自立した考え方も好ましいものだった。琳は将来の夫や番になるかも知れないαに寄りかかるだけの生活を望んではおらず、いずれ子を持つにしても、『男』として自分の足で立ち、パートナーとは互いを支え合う存在でいたい、と話してくれた。俺は、素晴らしい考えだと思った。


交際は順調そのもの。二十歳を過ぎた大人とはいえ、琳はΩだから外泊は許されなかったし、キス止まりの思春期並の交際だったが、不満はなかった。

琳が大学を卒業したら改めて告白して、プロポーズするつもりだった。OKしてもらえたら両家に報告と挨拶をして、琳と番契約を結ぶ。琳以外は要らなかった。

けれど、予定は呆気なく崩れたー。


今回、デートで初めて遠出をした。これまでは夕方には家に送れる様にデートは近場だったが、交際1年の記念に…と琳の家族に頭を下げて許可をもらった。日付が変わる前には送り届ける様に念を押されたが。

そして『それ』は起こった。


琳の突発性の発情ヒート。琳はすぐに発情に飲み込まれ、俺は好意を持つΩのフェロモンに充てられ、気を抜けば意識を持っていかれそうになる。1時間はかかる琳の家までは保たない。

俺は近くのホテルを検索し、見つけたホテルの一室に琳を抱えて運んだ。琳の鞄の中から抑制剤を探し出して飲むように言ってから部屋を出ようとした俺を引き止めたのは琳だった。服を掴んで離さない琳と、何とか引き離そうとする俺の攻防。理性を総動員して耐えていたが、正直、限界だった。


「…行かないで…。一人にしないで…。怖い…。…お願い、傍にいて……」

「っ!」


俺の理性は限界を超えたー。


 


我に返った時には既に『事後』だった。

突発性の発情は通常の発情期と違い、αに一、二度抱かれれば治まると聞いた事がある。それになにより、裸でぐったりとベッドに横たわった琳を見れば、何があったかなど明らかだった。自分も裸だったのだから…。

自分は発情ラットになって琳を抱いたのだと…。

それに、口内に僅かに残る鉄錆の味が、取り返しのつかない事をした事実を教えてくれた。

琳の項の髪を掻き上げて確かめる。そこに残るくっきりとした歯型。俺は琳を『番』にしていた。

こんな形で番うつもりはなかった。


「言い訳は…出来ないな…」


独りごちる。いずれ番うつもりだったとしても、こんな番い方はあり得ない。発情に飲まれた状態では合意だったのかも判らない。

ただ、番になった以上、責任は取らなければならないのは事実。予定は早まってしまったが、自分がする事はただ一つ。

琳の家族には罵倒され殴られるかもしれない。琳にも失望されるかもしれない。それでも、俺はそれを…その全てを受け止めるしかないのだ。


俺はベッドからそっと琳を抱き上げ、彼の身を清める為に風呂に向かったー。


 

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