第5話 僕と彼のこと③


家族に、彰宏さんと結婚前提の交際をする事になった旨を伝えると、両親は頷いてくれたけれど、お見合いの事を知らなかった瑠偉くんと華英ちゃんは怒っていたけれど、お母さんが「琳が決めた事だから!」と強く言えば、それ以上は何も言わなかった。ウチで一番強いのはお母さんだからね。


交際は順調だったと思う。

電話やメールはほぼ毎日で、デートは月に2回くらい。デートの日は彰宏さんが車で自宅まで迎えに来てくれた。僕を連れ出すときは、必ず両親や兄姉に挨拶をして許可を取ってくれる。僕は成人してるんだから、外出にいちいち家族の許可なんて要らないと思うんだけど、彼なりの『ケジメ』らしい。両親の彼に対する印象は悪くなかったと思う。瑠偉くんと華英ちゃんは彰宏さんに対して何だかいつも刺々しい態度を取るけれど、「琳が誰と付き合う事になっても不満なんだから放っておきなさい」とお母さんが言っていた。

彰宏さんの言葉遣いも砕けたものに変わり、一人称がプライベート用の『俺』になった。僕の事は『琳』と呼び捨てに。僕は変わらず『さん』付け、敬語だったけれど。


一応、僕と彰宏さんは恋人同士。外を歩くときは手をつないだし、交際を始めてから1ヶ月には初めてキスをした。彰宏さんは違うだろうけれど、僕にとってはファーストキスだった。

それからはデートの度にキスはしたけれど、それ以上は正式に婚約、または婚姻を結んでから…という事で、清い…かどうかは判らないけれど…交際をしていた。

そう。順調だったんだ。『あの日』までは…。




交際を始めて丸1年が過ぎた頃ー。

その日のデートは少し遠出をしていた。

行き先は最近出来たばかりの大きな『水族館』。

水族館が好きな僕の為に、彰宏さんが調べてくれたんだ。新たなデートスポットとして。

静かで落ち着いた館内を、手を繋いでゆっくり歩く。近場の小さな水族館と違い、初めて間近で見る生き物達を見ては目を輝かせる僕を、彰宏さんは笑顔で見つめていた。


「ごめんなさい…。僕だけ、はしゃいじゃって…。退屈…ですよね…?」


自分ばかりが楽しんでるような気がして、少し引け目を感じて言えば、


「そんな事ないよ。琳の喜ぶ顔が見たくて連れてきたんだ。楽しんでくれてるのなら、連れてきた甲斐があるというもの。俺もこういう静かな空間が好きなんだ。一緒に楽しもう」


そう言ってくれる。

こんなに想ってもらえて、大切にしてもらえて、『好き』にならないわけ…ないよね。

僕、家族以外に、こんなに一途な想いを向けられた事ないから。

自覚した気持ち。始まりはお見合いだったけれど、今は両想い。すっかり『恋愛』になっていた。


多分、そう思ったのがトリガーだったー。


この日の為に彰宏さんが予約してくれていたレストランで早めのディナーを食べ、帰路に就く為に車に乗り込んだ直後だった。

座席に座った瞬間、体がゾクゾクした。何だか顔まで火照ってきた気がする。体が熱い…。


「……………」


これは…この感覚は……。


「琳? どうした?」


助手席の背もたれに体を預け、浅い呼吸を繰り返す僕の異変に気付いた彰宏さんが、心配して聞いてくるけれど…。


「っ!」


熱でも計ろうとしたのか、手を伸ばして僕の顔に触れようとした彰宏さんは、『気付いて』手を引っ込め、戻した手で自分の鼻を覆う。


発情ヒートか!」


そう。僕は発情していた。

突発性の発情ー。


「琳、発情期だったのか?」


Ωフェロモンを吸わないように鼻を押さえているから、くぐもった声で問われ、首を横に振る。


「…じゃない」

「………。突発性か。よくあるのか?」

「…たまに……」


Ωの発情は、体調や精神こころの状態に左右されやすいらしい。結果、突発的に発情したり、逆に止まったりもする。

今の発情は多分、心の問題…。僕が彰宏さんの事が好きだと自覚したから、心身が彼を欲して、発情という形で表れた…。

ぼんやりする頭で、そう思った。


「琳、抑制剤は? 琳…?」

「飲まれかけてるか…。此処からだと家に着くまで1時間はかかる。近くにホテルは……」


焦ったような彰宏さんの声が遠くで聞こえる。


どうしたの…?

僕、大丈夫だよ…?

どうして焦っているの…?


声にしたいのに言葉に出来ない。

そこからの記憶は…無い……。




ここは…何処だろう…?


目を覚ました僕は、一瞬、自分の置かれた状況が分からなかった。

自分は今ベッドの上で、大きな窓から見える空は暗く、今が夜である事を教えてくれた。

今日は……。


「……………」


じわじわと戻って来た記憶に愕然とした。

帰路に就く為に車に乗った後、発情状態になった事を思い出したからだ。

ゆっくりと上体を起こす。腰から下に違和感を覚えた。今、身に着けているのも、白いバスローブのみ。それが物語るのは…。


「目が覚めたか」

「…! あ…彰宏…さん…」


今まで何処にいたのか、いつの間にか傍まで来ていた彰宏さん。彼もまた、身に着けているのは白いバスローブ。

彼がベッドの縁に座る。


「此処はホテルだよ。

琳、ヒートになった事は憶えてる?」

「…覚えてます…」

「突発性の発情だ。君は理性が混濁していて、家に着くまでは保ちそうにない。俺も当てられ始めていたし、たとえ無事に家に着いてもαばかりだ。だから、とりあえず休める場所を…と思って、近くのホテルを探して、部屋を取った」


彰宏さんが経緯を話してくれるも、僕は車の中で発情した事しか憶えていない。けれど、体に残る違和感から、恐らく僕は彰宏さんに…。


「琳、結婚しよう」

「…え?」


突然のプロポーズに小さく声を上げる僕の項に、彰宏さんは手を伸ばして撫でた。

ぴりっ…

かすかに痛みを感じた。とっさに項に手を伸ばす。


「…え…」


凹凸があった。見えなくても判る…。


「俺達は番になった」


僕が言葉にするよりも先に、彰宏さんが言った。




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