第3話【鑑定File 01:2000年生まれ・桜井京子】ブランドを脱がなきゃ、骨まで腐る③

 視界が滲む。


 人波に揉まれ、小豆色のジャージに身を包んだ京子は、地面に張り付いた枯れ葉を凝視していた。


(……ああ、そうだった)


 十年前。地元、冬の公園。


 闘病生活で髪を失い、塞ぎ込んでいた母。そんな母を笑わせたくて、近所のディスカウントストアで買った安物のジャージ姿で踊った。


 地面に積まった枯れ葉を両手で掬い上げ、ランウェイを歩く真似をして、紙吹雪のように舞い上げた。


『京子ちゃんは、世界一のモデルさんだね。どんなお洋服よりも、その笑顔が一番輝いてるよ』


 母が最後にくれた言葉が、冷え切った心臓の奥で熱を帯びる。


 いつからだろう。


『自分が輝くため』ではなく、『誰かに勝つため』に服を着るようになったのは。


 数百万のドレスを鎧にしなければ、他人の視線に耐えられないほど、自分の骨はスカスカになっていた。


「……ふぅ」


 京子は、顔を覆っていた手をゆっくりと下ろした。


 カメラを向けていた見物人が、息を呑む。

 あえて交差点のど真ん中で立ち止まった。


 小豆色のジャージの裾を少しだけ捲り上げ、深く、長く、呼吸した。


 ――次の瞬間。

 

 スクランブル交差点は、ランウェイへと変貌した。


 背筋を垂直に伸ばし、顎を引き、視線を水平の彼方へ据える。


 一歩、踏み出す。


 1980円の安っぽいポリエステルが、京子の躍動する筋肉に合わせてしなり、まるで最高級のシルクのような光沢を放ち始める。


 無関心だった雑踏が、割れた。


 人々が足を止め、スマートフォンを向けることすら忘れて、その姿に釘付けになる。

 

 そこにいたのは、ブランドを着せられた人形ではない。

 服などなくても、その存在だけで世界を圧倒する、一人のモデルだった。


 一周して占い処の引き戸を開けた京子の顔には、もう一滴の迷いもなかった。

 

「……戻ったよ」


 卑弥呼は相変わらず顔を上げず、タブレットを叩いている。

 

「外はどうだった。地獄だったでしょう」


「ううん……世界で一番、気持ちいいステージだった」


 京子は、床に落ちた数百万円のドレスを拾い上げた。もう、指先は震えていない。


「あんた、そのドレス、もう必要ないんじゃないの?」


「卑弥呼さん。これは私が『着こなすべき』仕事道具なの……今なら分かるわ。この服に私が選ばれるんじゃない。私が、この服に命を吹き込んであげるんだって」


 卑弥呼が、初めて薄く笑った。


 それは冷酷な占い師の顔ではなく、どこか懐かしいものを見つめるような、柔らかな眼差しだった。


「お代は、あんたが今、流してるその涙で精算してあげる。さっさと行きなさい。パリが待ってるわよ」


 京子が去った後、店内には再び静寂が戻った。


 卑弥呼はカウンターに散らばった獣の骨を、一つずつ丁寧に革袋に戻していく。


「……骨は嘘を吐かない」


 最後に残った鳥の鎖骨ウィッシュボーンを握りしめ、誰にともなく呟いた。


「……本物のモデルは、何を着たって可愛いんだから。私もドンキ、買って帰ろ」


 銀河のホログラムが回る店内で、卑弥呼は次の『獲物』を待つように、静かに目を閉じた。


               (File 01 完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

渋谷交差点の卑弥呼様 〜八百万の占術は、あなたの全てを受け止める〜 冬海 凛 @toshiharu_toukairin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画