第2話【鑑定File 01:2000年生まれ・桜井京子】ブランドを脱がなきゃ、骨まで腐る②

「ふざけないで……! このドレス、今回のショーのメインなのよ? それを脱いで、渋谷のど真ん中で、ドンキの安物に着替えろっていうの!?」


 京子の声が店内に響く。

 しかし、卑弥呼はタブレットに目を落としたままだ。


「そのドレスが、あんたの呼吸を止めているのよ。自覚しなさい。あんたは『服』を着ているんじゃない。『服』という名の寄生虫に、中身を食い荒らされているだけ」


「……ちょっと!」


「いい? 骨占いに出たのは『自重による崩壊』よ。高価な布切れを重ねれば重ねるほど、あんたの本当の輪郭は消えていく。その状態でパリのランウェイを歩いてごらんなさい。あんたはただの、動く死体」


 卑弥呼の言葉は、京子が誰にも打ち明けられなかった『恐怖』そのものだった。


 フォロワー数、ブランドの格、業界人の評価。それらを纏わなければ、自分には何の価値もない。


 震える手で、京子は数百万円のオートクチュールのファスナーに手をかけた。


 絹が擦れる音。


 世界最高の職人が仕立てた『鎧』が床に崩れ落ち、そこには、あまりに細く、折れそうなほど白い、一人の剥き出しの女が残された。


 京子は、差し出されたポリエステル100%のジャージに袖を通す。小豆色。

 しばらく、横文字を使って表現する色しか着てこなかった。


 鏡に映った自分を見て、絶望に顔を歪めた。

 膝の出たダサい生地。野暮ったい白いライン。

 

「……ひどい。こんなの、私じゃない」


「いいえ。それが今のあんたの『骨』。さあ、行きなさい。その格好で、スクランブル交差点を一周。誰にどう見られるか、その目に焼き付けてくること」


 卑弥呼が引き戸を、ガラリと開けた。


 一歩外に出れば、そこは一分間に三千人が行き交う、世界一残酷な『視線の海』だ。


 京子は、足がすくむのを必死に堪え、ネオンの渦へと足を踏み出した。


 ――視界が、歪む。


 すれ違う女子高生、カメラを構える外国人観光客、仕事に追われるサラリーマン。

 いつもなら、彼らの視線は『憧れ』や『羨望せんぼう』として彼女を支えていた。


 だが、今は違う。


 ジャージ姿の彼女に向かってくるのは、無関心、あるいは、ほんの少しの不快感を含んだ鈍色の視線だった。


(誰も、私を見ていない……?)


 あんなに必死に守ってきた『桜井京子』というブランドが、たった一枚の服を脱いだだけで、ここまで呆気なく消え去るものなのか。


 カメラを向けられた。

 咄嗟に、両手で自分の顔を覆った。


 交差点の中央。人波に押され、よろめいた、その時だった。


「……あ」


 足元のタイルの隙間に、小さな何かが落ちているのが見えた。

 それは、ブランドのタグでも、誰かの落とし物でもない。

 

 街路樹から吹き飛ばされてきた、一葉の、枯れ果てた木の葉。

 

 瞬間、京子の脳裏に忘れかけていた古い記憶が、暴力的なまでの鮮やかさで蘇った。

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