渋谷交差点の卑弥呼様 〜八百万の占術は、あなたの全てを受け止める〜

冬海 凛

桜井京子・モデル・骨占い

第1話【鑑定File 01:2000年生まれ・桜井京子】ブランドを脱がなきゃ、骨まで腐る①

 一分間に三千人。


 渋谷スクランブル交差点。そこは世界で最も『嘘』が混じり合う場所だ。


 香水、排気ガス、薬物。

 その狂騒のど真ん中に、物理法則を無視したような静寂をたたえた平屋が建っている。

 

 看板はない。

 ただ、入り口の自動ドアに『女性専用占い処・星見ほしみ卑弥呼ひみこ』とだけ、古臭い明朝体で書かれている。

 

 建設許可、営業許可が、どう下りたのかさえ誰も知らない、街の『バグ』のような空間だ。


「……ここなの? 私を救えるっていう、化け物占い師がいる場所は」


 和風の引き戸が開き、一人の女が滑り込んできた。


 桜井京子。二十五歳。


 今をときめくトップモデルだ。彼女がまとっているのは、まだ発売前のフランス高級メゾンの新作オートクチュール。


 一着、数百万円。


 しかし、その完璧な『鎧』の内側で、彼女の細い指先は絶望的に震えていた。


 店内の内装は、狂っている。


 天井には最新鋭のホログラムが映し出す銀河系が渦巻き、壁一面の棚には、何千年も前のものと思われる獣の骨や、得体の知れない液体の入った瓶が並んでいる。


 ハイテクと呪術。その境界線に、彼女――星見卑弥呼はいた。


「座りなさい。そこの死に損ないのブランド人形」


 奥のカウンターで、卑弥呼はタブレット端末を操作しながら、顔も上げずに言った。

 

「なっ……! ちょっと、失礼じゃない? 私が誰だか……」


「桜井京子。射手座。三日前から右耳の奥で、骨が軋むような音が聞こえているはず。違う?」


 京子の息が止まった。誰にも言っていない身体の異変。


 卑弥呼がようやく顔を上げる。その瞳は、深淵のように黒く、すべてを見透かしていた。


「……占って。次のパリコレ、フロントロウ。私が世界一のモデルだって、証明したいの。そのためなら、いくらだって払うわ」


 卑弥呼が鼻で笑った。


 彼女は並べられたタロットカードにも、高価な水晶玉にも手を触れない。代わりに、足元の汚れた木箱から、ゴトリと『何か』を取り出した。


「あんたを占うのに、綺麗な道具は必要ないわ。一番泥臭い、これがお似合い」


 卑弥呼の手の中にあったのは、装飾も何もない、乾燥して白くなった『獣の骨』だった。


「何それ? タロットとかじゃ、ダメなの?」


骨占いオステオマンシーを馬鹿にしないで。皮を剥ぎ、肉を削いで、最後に残る本質だけを見る」


 卑弥呼は懐から、すすけた鹿革の袋を取り出した。中から現れたのは、磨き上げられた獣の指骨、鳥の鎖骨、そして幾何学的な紋様が刻まれた賽子ダイスだ。


 卑弥呼はそれらを両手の中で包み込み、何かを囁きながら激しく振る。

 カチカチと、硬質な命の残骸がぶつかり合う音が、京子の鼓動を急き立てた。


「……行きなさい」


 放たれた骨が、カウンターに敷かれた黒いフェルトの上で踊った。


 卑弥呼の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く細まる。


「……鳥の鎖骨ウィッシュボーンが、東向きに折れている。これは『叶わぬ野心』。その上に重なっているのは、羊の距骨アストラガルスね。――最悪だわ。完全に『逆位』で、滑車面が下を向いている。あんた、自分の足元がもう見えていないでしょう?」


「何よそれ……ただの骨の並びじゃない」


「骨は嘘を吐かない。肉体という虚飾きょしょくが消え去った後、最後に残る厳然たる事実よ」


 卑弥呼は細い指先で、重なり合った骨の一点を鋭く指した。


「で、どのブランドを選べば良いの?」


「見て。この距骨が指す先には、虚無の賽子。あんたが今、必死に守ろうとしているその『ブランド』は、あんたを支える骨組みフレームじゃない。あんたの骨を内側から食い荒らす、重すぎる腫瘍よ。今日、そのドレスを脱がなければ、あんたの精神の骨格は、この交差点の真ん中で自重に耐えられず粉砕する」


 京子は言葉を失った。


 卑弥呼の言葉は、まるでレントゲン写真で己の『醜い内面』を突きつけられたような、暴力的な説得力を持っていた。


「助かりたい?」


「もちろん。あなたの占いは100%当たるって」


「そう。ならば、対価を。その安っぽいメッキのドレスを、今すぐここで脱ぎ捨てなさい」


「え……?」


「そこに、ドン・キホーテで買った1980円のジャージがあるわ。それに着替えて、渋谷の交差点を一周してきなさい。それができないなら、今すぐ帰りな。急いで、棺と葬儀屋を予約した方がいい」

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