第二話

 彼女の芽はどんどん成長していった。

 水分をよく摂取し――彼女はジュースばかりを飲んでいた――、よく栄養を摂り――彼女は好きなものばかり食べていた――、よく日光浴して――僕の膝枕生活は続いた――、すくすくとそれは育っていった。

 葉を広げて、やがて、蕾がついた。ふっくらとした蕾はほんのりと青く色づいている。


「これは何の植物の蕾なんだろう?」

「検索してみるか」


 パシャリ、と携帯端末で写真を撮って検索してみる。結果として出て来た植物は、薔薇だった。


「薔薇かー……青色の蕾だから、青い薔薇が咲くのかな?」

「そうかもね。知っている?薔薇って、青の色素がないんだよ。だから自然界には青い薔薇は存在しないんだ」

「そうなんだー」


 僕が薔薇について語れば彼女はふむふむと話を聞いていた。


「それじゃ、わたしが綺麗な青薔薇を君に見せてあげよう」


 ふふっと彼女が笑う。太陽みたいに明るい笑顔に、僕は見惚れてしまったのはここだけの話。



 蕾は日に日に大きくなっていった。

 蕾の成長とともに彼女の恋心も育っていくようで、見ているのは正直言って辛いところもある。

 ――彼女の恋心なんて萎んでしまえ。

 そう何度思ったかわからない。でも、彼女が悲しむ姿は見たくない。失恋して傷ついてほしい訳でもない。だからと言って、彼女の恋を応援できるのかどうかと問われれば、それもできなくて。子どもだなぁと自分自身に呆れてしまう。

 はぁとため息をつきそうになった時、彼女が僕の顔を覗き込んできた。


「なんか最近元気ないね?」

「そんなことないよ」

「いやいや幼馴染をなめるんじゃないよ。君がおかしいことぐらいわかるんだから!あなたは考え過ぎるところがあるからね。悩んでいることがあるなら、話ぐらいなら聞くよ?」

「本当に何でもないから。大丈夫だから」

「……話したくなったら言ってね」


 いかにも納得していませんと表情に出しつつも、彼女は僕から離れた。

 ――鋭い時はほんと鋭いんだよなぁ……。

 僕の機微にも気づいてくれる、彼女のそんなところが好きだ。

 気にかけてくれて嬉しいという気持ちと、この恋心は気づかれてはいけないという気持ちがせめぎ合う。

 幼馴染だからこそ許されるこの距離に、安心ともどかしさを感じてしまう。

 ――でも、彼女へ気持ちを伝えたとして、何になるというのだろう。彼女には好きな人がいるのだから、気持ちを伝えたとしても彼女を困らせてしまうだけだ。

 それなら何も言わない方がいい。この距離が許されるその時まで、彼女の側にいられるのならそれでいいんだ。

 僕は自分の気持ちにそっと蓋をした。



   *



 大学へと向かうため、玄関の扉を開ける。すると、そこには彼女がいた。

 目を輝かせて、興奮気味に彼女が口を開く。


「ほら、見て!」


 彼女が長い黒髪を持ち上げる。すると、そこにはいくつもの薔薇が咲き乱れていた。

 自然界には存在しないという青。それは目の覚めるような深い色だ。


「知ってる?青薔薇にはね、『存在しないもの』って花言葉があるらしいよ」


 得意げに彼女がそう言う。知っているよとは言える空気ではなかったので、僕は黙って彼女の話を聞いていた。


「自然界の薔薇には青は存在しない。でもね、わたしのこの気持ちは確かに存在しているものだから……」


 彼女が髪から青薔薇を一つ手に取った。彼女の手のひらの上で、大きく美しい青がそこに広がっている。

 それを僕の眼前へと差し出して来た。

 彼女が頬を赤くさせている。きょろきょろと視線を動かした後、意を決したように僕を真っ直ぐ見つめて来た。


「好きです。わたしと、付き合ってください」


 彼女から目が離せなかった。

 言われた言葉の意味をすぐには理解できなくて。

 真剣な彼女の目と、目の前の青薔薇を見て、じっくりとその意味を咀嚼する。

 ――彼女は恋をしているから、髪花症候群になって……だからこそ、この青薔薇を咲かせた訳で……え、つまり、彼女が恋している相手は僕ってこと……?

 何秒、何分経ったのかはわからない。

 僕は漸く一つの結論に至った。

 かっと顔が熱くなる。夢かと思って頬を抓る。しっかりと痛かった。


「何してるの?」

「夢かと思って」

「夢じゃないよ。現実だよ」

「それじゃあ、奇跡だ」

「何で青薔薇の花言葉言っているの?」


 彼女が首を傾げる。

 確かに、青薔薇には『奇跡』という花言葉もある。それと、他には――

 ――確か、『夢叶う』だっけ……。

 僕はその言葉を――僕の夢という名の恋心を成就させるため、彼女が差し出した美しい青薔薇を手に取った。


「プリザーブドフラワーにして取っておこうかな」

「何か恥ずかしいからそれはやめて!」


 彼女が手を出して取り返そうとするのをひょいとかわす。

 この青薔薇はもう僕のものだ。彼女にお願いされたとしても、返すつもりは全くない。

 君と僕とで咲かせた青い薔薇は、今まで見たどんな花よりも綺麗だと思った。


「それよりも返事は!?」


 返事を急かしてくる彼女のその小さな手を取る。

 更に顔を赤らめる彼女に、僕はそっと告げる。


「僕も好きだよ」


 彼女は大きく目を見開いた。そして、まるで蕾が花開くように、ふわりと笑みを浮かべたのだった。

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ブルーローズブルーム 葉野亜依 @ai_hano

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