ブルーローズブルーム

葉野亜依

第一話

「植物の成長には、クラシック音楽がいいんだってさ。でも、ヘビメタとかロックは逆に成長を妨げるらしいよ」

「そう言いつつ、流しているの邦楽ってどういうこと」

「まあまあ、気にしない気にしない。だって、クラシックよりも好きな音楽の方が良いと思って」


 そう言って、彼女は植物に音楽を聴かせている。


「こんなんで育つのか……?」

「育つ育つー」


 僕と彼女は二人である植物を育てている。

 小さな芽が青々と生えている。

 その植物はとても不思議だ。なんせ、彼女の髪から生えているのだから――。



   *



 ある日、幼馴染の彼女の髪から芽が出た。それはぽつぽつと何個も生えている。生命力が強いようで、髪を梳いても取れないらしい。

 ちょんちょんとそれを突いてみる。……うん、まごうことなき芽だ。


「どうなってんのこれ」

「わかんない」


 ぴょこぴょこ生えている芽を引っ張ってみる。だが、彼女の髪も引っ張ってしまったようで、「いたたたた!」と彼女が叫んだ。


「君に似てしぶいとい芽だね」

「喧嘩売ってる?」


 彼女に思い切り叩かれてしまった。……痛い。

 僕たちは早々に芽を引っこ抜くのを諦めた。

 取り敢えず病院で診察してもらった。すると、病名がわかった。

 髪花症候群――それが、彼女が患った病気だ。

 名前の通りに髪に花が咲く奇病らしい。恋をしている人がかかる病で、思春期に多く見られるという。特に身体に害はないとのことで、取り敢えずほっと息をついた。

 ――それにしても、恋、ねぇ……。つまり、この子に好きな人がいるってことか……。

 そのことを考えると胸が苦しくなった。

 ――彼女が好きな人は誰なんだろう。

 その思考が頭の中をぐるぐると回っている。

 そんな僕のことなど露知らず、朗らかに彼女が言う。


「折角芽生えたんだから、綺麗な花を咲かせたくない?」

「そんな楽観的な……」

「いいからいいから。それでは綺麗な花を咲かせ隊結成ー!」

「はぁ……」


 こうなった彼女は止まらない。結局、僕も彼女に協力することになった。



「成長するためには、やっぱり栄養を摂らないと!」


 その彼女の鶴の一声により、僕は彼女に料理を作ることになった。


「何でこんなことに……」

「はいはい、喋っていないで手を動かす!」


 彼女の家の台所でエプロンをつけてフライパンに火をかけているこの状況にため息しか出ない。

 髪花症候群を患う前と変わったことと言えば、芽に栄養を取られるため……なのかはよくわからないが、彼女はよく食べるようになった。一応病院で相談してみたところ、先生に「成長期だからねぇ」とのんびり言われた。

 とは言っても、男の僕よりも食べる量は少ない。しかも、食べているものが粗食だ。


「はいどうぞ」

「わーい!」


 お皿の上にたっぷり載っているのは、野菜炒めだ。

 彼女は肉が嫌いなので、本当に野菜しか入っていない。キャベツにピーマン、人参にニラにもやし……できるだけいろんな栄養が摂れるように、野菜の数を増やしてみた。


「植物を育てるのに野菜を食べるって共食いじゃない……?」

「細かいことはいいの!いただきまーす!」


 色とりどりの野菜炒めが彼女の口に運ばれていく。もぐもぐと食べている彼女に訊ねる。


「美味しい?」

「うん。美味しいよ」

「全く、自分で作ればいいのに」

「植物を育てるならやっぱり愛情を込めなくちゃ。それには愛情がこもったものを食べるのが一番だよ」

「別に愛情をこめてなんか……」


 もごもごと口を動かす僕のことなど気にせず、彼女はぱくぱくと食べていく。

 美味しそうに食べる姿に「まあ、いいか」と思ってしまうのは惚れた弱みだろうか……。

 そう、僕は幼馴染の彼女に恋をしている。彼女のためならば、野菜炒めぐらいいつでも作ってあげると内心では思っているぐらいには。

 だから、彼女が恋をして髪花症候群を患ったこの状況は非常に面白くはない。

 ――どこのどいつに恋しているんだ。

 そう訊きたくて仕方がない。でも、訊く勇気もない。彼女が僕の知らない誰かのことを想った結果、こうなってしまったのだとしたら……その忌々しい芽を摘んでしまいたいとも思った。

 でも、その芽も恋心も彼女の一部だ。僕がどうこうできるものではないのだ。



「はいはい、ここに正座して」


 縁側まで僕を連れてきた彼女がぽんぽんと床を叩く。

 ――何か説教されることでもしたか?いや、していない。

 どちらかと言えば説教される側というよりも、僕はする側だ。

 彼女の突破な行動に振り回されるのが僕の日常だ。

 そして、今回もまた、僕に正座をさせて一体何をするつもりだろうか……。

 警戒しつつも、恐る恐る正座をする。

 よしよしと頷いた彼女が、ごろんと僕の膝の上に頭を乗せた。

 叫ばなかった自分を褒め称えたい。平常心平常心と心の中で唱えつつ、彼女に問う。


「……何してるの?」

「うーん、光合成しようと思って」


 確かに縁側には燦々と日が入って来ている。

 ――それならそうと説明してくれ!いろいろともたないから!

 僕は内心で叫んだ。


「うーん、あまり気持ち良くはないね……」

「勝手に膝枕させといて何を言う」


 文句を垂れる彼女の頭に手刀を入れた。痛いと呻めきながらも彼女は動こうとしない。

 僕は、その艶やかな長い髪を手で梳いた。さらさらな髪と柔らかな芽の感触が伝わってくる。

 ――この芽がいつか花開く時、僕たちの関係はどうなっているのだろうか……。

 雲一つない青い空を仰ぎながら、僕は一人思考するのだった。

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