第2話
「……なぁ鈴。俺、いいこと思いついたわ」
アルは、空になったストロング缶をマイクに見立てて、ドヤ顔で言い放った。
「世の中にはよ、俺みたいな『社会の粗大ゴミ』が掃いて捨てるほどいるだろ? そいつら集めて、居酒屋の隅で吐き出されるような『最低の言い訳』とか『負け惜しみ』を募集するんだよ。そんで、そのドブ川から掬い上げた言葉を組み合わせて、アタシがこの『エルフの美声』で歌う。……これ、絶対バズるぞ」
鈴はワンカップを口に含んだまま、目を見開いた。
「……有真さん。あんた、ほんまもんの悪魔やな。他人の不幸と業(ごう)を『歌詞』にするんか。……けど、おもろいやん。ドワーフの技術で、その歌詞にピッタリの『脳を溶かす重低音』作ったるわ」
【配信:緊急募集!あなたの『人生の敗北宣言』が歌になります】
アルが配信で呼びかけると、コメント欄には全国の「カス」たちから、血を吐くような本音が殺到した。
【リスナーたちの「名言(迷言)」】
「給料日は、俺にとってパチ屋への『納税日』なんだよ」
「ストロング缶のプルタブを開ける音が、俺の人生の唯一のファンファーレだ」
「嫁のヘソクリ見つけた時、手が震えた。……歓喜でな」
「明日から本気出す。……って、毎日24時にリセットされる仕様なんだけど、バグかな?」
アルはそれらのコメントを眺めながら、満足げに頷く。
「よし……いいぞ、汚え言葉が並んでやがる。……これだ。これをエルフの聖歌の旋律に乗せて、アタシが神聖に歌い上げる」
【完成した楽曲:『底辺の聖母 〜ストロング・レクイエム〜』】
(前奏:鈴がサンプリングした「パチンコ台の回転音」と「競馬場のファンファーレ」を美しく加工した神聖な旋律)
(アルの透き通るようなソプラノボイス)
♪「嗚呼……右手に握るは、期待値の幻」
♪「納税の朝……軍資金(いのち)を捧ぐ、緑の祭壇(ターフ)へ」
♪「開栓の音(ファンファーレ)……喉を焼く、九パーセントの福音(エナジー)」
♪「神様、見ていますか……。俺の人生(設定)、ずっと1のままなんだけど」
【リスナー(掲示板)の反応】
101: 泣いた。メロディが綺麗すぎて、自分がクズだってことを忘れそうになる。
102: 歌詞が地獄すぎるwww 「設定1のまま」って俺のことじゃねーか!
103: これ、エルフが歌うから神々しいけど、中身おじさんの愚痴なんだよな……。
104: 脳がバグる。耳は幸せなのに、心はパチ屋の駐車場にいる。
105: アルさん、この曲の印税でまた競馬やるんだろ? 最高だよ。
その噂は、ネットの深淵から広まった。
――『アルの聖歌を聴きながら打てば、設定1のクソ台でもフリーズ(最強演出)が引ける』。
最初はネタだと思われていた。だが、SNSには「アルの歌を流した瞬間、万枚出た」「競艇の3連単が風の囁き(アルの美声)で当たった」という、胡散臭い『証拠画像』が次々と投稿され始める。
「……なぁ鈴。これ、どういう状況だ?」
アル(中身45歳)は、歌舞伎町のパチンコ屋『ゴールデン・マナ』の前で愕然とした。
まだ開店1時間前だというのに、店を取り囲むように数千人の「クズ」たちが列をなしている。しかも全員、スマホをアルの配信画面に繋ぎ、お遍路さんのような敬虔な顔でイヤホンから流れる聖歌に聴き入っているのだ。
「有真さん、あんた『教祖』になったんやで。ギャハハ! ほら見てみ、あそこのおっさん、あんたの立ち絵を『御朱印』にして財布に貼っとるわ!」
鈴が指差した先には、涙を流しながら「アル様、今日こそは……今日こそは勝たせてください……」と祈る初老の男の姿。
「……ふざけんな、俺はただ酒代を稼ぎたかっただけだぞ。なんで俺の歌が宗教(オカルト)のバイブルになってんだよ」
その時、列の一人がアルの姿を見つけた。
「……あ! 聖母(アル)さまだ! 本物のアルさまだ!!」
「「「聖母さま!!」」」
数千人のギャンブラーたちが一斉に地面に膝をつき、祈りを捧げ始めた。
彼らの瞳にはマナの粒子が(あるいは依存症特有のハイライトが)宿り、異常な熱気が歌舞伎町の冷たい空気を震わせる。
「……おい鈴、回せ。こうなったら利用してやる」
アルは瞬時に「聖母の仮面」を被ると、プラチナブロンドの髪を風になびかせ、慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべて手を振った。
「……迷える仔羊(養分)たちよ。……今日の『台の鼓動』は右側に偏っているわ。……さあ、アタシの歌(福音)と共に、あの祭壇(スロット台)を叩き壊しなさい!!」
『うおおおおお!! 聖母万歳!! 養分万歳!!』
熱狂の渦。
アルの【魅了】と鈴の【解体解析】がネットを媒介し、リスナーたちの「脳内麻薬」と共鳴して、本当に確率を歪め始めていた。
この日、そのパチンコ屋は創業以来の赤字(全台万枚)を記録することになる。
【掲示板:【速報】パチ屋『ゴールデン・マナ』、アル教の信者に壊滅させられる】
301:名無しの養分
今日、現地にいたけどマジで宗教だった。
アルが「叩け」って言った瞬間に全員でレバーオンする光景、地獄すぎて笑った。
302:名無しの養分
俺も隣でアルの歌聴いてたけど、マジで1G連が止まらんかった。
これもう魔法だろ。運営(警察)動かないの?
303:名無しの養分
302
警察が来ても、アルが微笑みながら「これ、マナの加護(ただの運)ですよ」って言えば、警察も魅了されて帰っていくから無敵。
304:名無しの養分
なお、本人の収支は「信者からの差し入れのストロング缶」を飲みすぎて、帰りのタクシー代もなくて徒歩で帰った模様。
アルの聖歌『底辺の聖母』のリリースから一週間。
日本の競馬界は未曾有の事態に直面していた。
全国のウインズ(場外馬券売り場)には、イヤホンを耳に突っ込み、虚空を見つめながら「聖母……聖母……」と呟く男たちが溢れ、彼らが一斉に同じ馬券を買うせいで、16番人気の単勝オッズが1.1倍になるという、確率論の死滅した怪現象が多発したのだ。
ついにJRA(日本中央競馬会)は、「公正な競馬の開催を妨げる」として、**【競馬場内および関連施設におけるエルフの歌唱および音源再生の禁止】**という、憲法違反スレスレの緊急通告を出した。
「……なぁ鈴。JRAの野郎、アタシの歌を『ノイズ』扱いしやがったぞ」
アルは歌舞伎町の高級スイート(信者のスパチャで借りた拠点)で、最高級のブランデーをストロング缶で割るという暴挙に出ながら、テレビのニュース画面を睨みつけていた。
「ギャハハ! 有真さん、ついに国に目をつけられたな! ほら見てみ、ネットじゃ『JRAはエルフの加護を恐れている』って陰謀論で大荒れやで!」
鈴は、信者から献上された時価数千万の高級時計をバラして、自分たちの配信機材のネジにしながら笑い転げた。
「……ふざけんな。俺から競馬を取り上げるってことは、俺に働けって言ってるのと同じだぞ。そんな地獄、死んでもお断りだ」
アルはスマホを手に取り、配信の『開始ボタン』を叩きつけた。
同時視聴者数は瞬時に200万人を超え、画面がスパチャの赤い光で埋め尽くされる。
「いいか、迷える養分(信者)たちよ。JRAはアタシたちの『夢』を禁止した。……だったら、アタシがJRAごと買い取ってやる。……おいお前ら、今すぐその握りしめてる軍資金をアタシに投げろ。日本の競馬を、アタシたちの『子ども部屋』にするんだよ!!」
【コメント欄】
養分1号: 聖母……! 俺の今月の生活費、全部持ってってください!!
借金王: 銀行から借りてきました! JRAを聖母の庭にしましょう!!
通りすがり: 待て、スパチャの額が1秒で10億超えたぞ!?
「鈴! 魔法の演算回路、最大出力で回せ! 投げられた全額をビットコイン経由でJRAの株(あるいは関連利権)に突っ込むぞ! 国が売らねえって言うなら、財務省の役人を一人残らず【魅了】して、ハンコを捺させるまでだ!」
「有真さん、あんた最高にクズで最高にロックやわ! よっしゃ、日本の国家予算、全部ギャンブルの軍資金に書き換えたるわ!」
この日、日本の官房長官は会見で「現在、原因不明のマナ汚染により国家財政が著しく不安定化している」と、泣きそうな顔で発表することになる。
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