第3話 冒険者の街アステリア


 銀色の疾風が森を駆け抜ける。

 ブランの背に揺られながら、レンは流れる景色を眺めていた。


 ブランの背中は、どんな高級車のシートよりも安定していて、その毛並みは極上の毛布のようで温かい。


『主よ、間もなく人間どもの巣窟が見えてくる。

 ……本当にあの巣窟の中に行くつもりか?』


 脳内に響くブランの呆れたような声。


「ああ」


 レンは苦笑いしながら、深くかぶったフードの端を指で押さえた。


「……生活基盤を整えるためには仕方ないんだよ。

 それに、このままだったらブランのことでトラブルに巻き込まれるかもしれないからね」


『トラブルか』


「ブランは伝説のフェンリルなんだろ?

 これから一緒に旅をするなら否応なくトラブルはやってくる

 それに……少しでもトラブルに合う回数を減らせるなら早い方がいい」


『人間とは本当に面倒な生き物だ』


「そうだね。まぁ、他にも理由はあるんだけど」


『主、なんだかワクワクしているな』


「そんなことも分かるんだ」


『主と繋がっているからな。心までは読むことはできん。

 感情の起伏が分かる程度だ。それで何を楽しみにしている?』


「冒険者ギルドに行くのが楽しみなんだ。

 身分証にもなるし、ブランが僕の仲間だってことも登録できる」


『ふむ、主は異世界から来たから身分が必要なるだろうな』


「うん。後は……純粋に“冒険者”っていうものへの憧れかな」


『冒険者へ憧れを抱くなんて。

 つくづく主は面白い人間だな』


「そう? 僕の勝手なイメージだよ

 冒険者へのね」


 僕の元いた世界で読んだ異世界の物語。

 そこに出てきた冒険者は、僕が憧れた“自由”そのものだった。

 

 前方に巨大な石造りの城壁に囲まれアステリアが見えてきた。

 この大陸中央に位置する冒険者の拠点だ。

 門の前には長蛇の列ができていたが、ブランが近づくにつれて、列をなしていた人々が次々と動きを止めた。


「な、なんだあの魔獣は!?」


「おい、銀色だぞ。……もしかして伝説のフェンリルじゃねえのか!」


 ざわめきが波のように広がる。

 ブランは不機嫌そうに鼻に鳴らしたが、レンが首筋を優しく撫でると誇り高い威厳を保ったまま歩みを止めた。


 門番の騎士たちが槍を構え、顔を強張らせて前へ出る。


「おい! そこの者止まれ!

 今すぐその魔獣からの降りてフードを取れ!」


 レンはブランの背中から降りて、フードを取り、騎士を見つめた。


「その魔獣を連れての入街はは許可できなーー」


 騎士の言葉が、レンの姿を視線を映した瞬間に霧散した。

 フードの奥、除いた極光きょっこうの瞳と白磁のように滑らか顎のライン。


 騎士の様子が変わったのを見て、【神の造形】ゴッド・アピアランスが発動したのだと分かった。


 精神抵抗力が低い一般騎士にとって、これは《神への拝謁》に等しい。

 騎士たちが持つ槍はガタガタと震え、殺気は一瞬で消失した。


「……僕はこのブランと契約している者です。

 冒険者登録とをするために入街したいのですが、通していただくことはできませんか?」


「は、ははっ……! し、失礼いたしました!

  契約獣を連れた高貴な御方とお見受けします!  どうぞ、お通りください!」


 先ほどの威勢はどこへやら。

 騎士たちは恭しく道を開け、最敬礼でレンを迎え入れた。


『ふっはは。主のスキルはすさまじいな。

 見よ、あの変わり様を。まぁ、あの精神抵抗力では無理もないが』


「褒めてないよね、それ」


『ある意味、褒めておるよ』


 街に入ると、そこは活気に満ちていた。

 だが、レンが歩くたびに周囲の喧騒が消え、人々の視線が磁石のように彼へと吸い寄せられる。

 男は顔を赤らめ、女はため息を漏らし、子供は憧れの眼差しで立ち尽くしている。


 どこへ行っても変わりい視線の数々。

 やっぱり、人が多いところは疲れる。


 レンは早足で、街の最大組織「冒険者ギルド」の扉を開いた。

 酒の匂いと、荒くれ者たちの怒号が飛び交う場所。

 だが、扉が開いた瞬間に、そのすべてが静寂へと塗り替えられた。


 ギルド内にいた数百人の冒険者が、一斉にレンを凝視する。

 その中には精神抵抗力が高く、スキルの影響を“対面での強烈な興味”程度に抑えている猛者たちもいた。


「おいおい……とんでもねえ美形が来たな」


「あんな細い腕で冒険者か?  どっかの国の貴族様の家出じゃないだろうな」


「そのお綺麗な顔に傷がつかないように俺たちが守ってやろうか」


 野卑な笑い声が混じる中、レンは迷わず受付へと向かった。

 背後では、ブランが周囲を威嚇するように低く唸っている。


 その時。

 ギルドの隅、一際ガタイの良い男が、ジョッキを置いて顔を上げた。

 黒髪をラフに結び、鋭い眼光を湛えたその男――ガイは、周囲の冒険者たちがレンの美貌に鼻の下を伸ばしている中で、ただ一人、面倒くさそうに溜息をついた。


「……チッ。また厄介そうなのがやって来やがったな」


 レンの瞳と、ガイの視線が交差する。

 ガイの視線の中には、レンへの“崇拝”も“独占”の欲も含まれれていなかった。


 好意でも、嫌悪でもない。

 ただ、これからレンに降りかかるであろうトラブルへの少しの同情を含んだ“厄介者”として見る不躾な視線。


 まさかこんな視線を向けられる日がくるなんて。

 レンの口角が少し上がる。


 嬉しくてたまらない。初めてだったのだ。

 たとえほんの少しであっても、レンへの労りを含んだ視線を向けられたのが。


 レンは異世界に来て初めて、僅かな安堵を覚えた。

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