好きな相手を射止めるにはまず胃袋から⑤

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「そうだ。流石に食器洗うのは手伝ってあげる。朝ご飯、作ってくれたんだし」

「え!? いいって、カオルさんはお客さんなんだからオレが……」

「そうは言ってもなんかばつが悪いし。こういう時は素直に頼ってよ」

「でも……」


 私がそう言うと、ケイくんは戸惑ったように語尾が尻すぼみになる。


「カオルさんは……」

「ん?」

「カオルさんは、皿洗いしたら……どうすんの?」

「そうねえ。今着てる部屋着から昨日の服に着替え直して帰るかな。あ、そうだ。昨日着てた下着入れたいから袋一枚だけくれない?」

「……オレたち、まだ連絡先交換してないけど?」

「うん。だから、そのままさよなら。私の家、別にこの辺に近くないの。昨日行ったバーもたまたま失恋してヤケクソになって行っただけ。普段はここまで行かない。だから、ケイくんとは今日の昼から名前以外何も知らない『他人』同士になる。私が言うのもなんだけど……昨夜のことは犬にでも噛まれたと思って、忘れて」

「……」


 そうだ。私たちはもう二度と逢うこともないような、『他人』同士になる。むしろ、こんなイケメンと一夜を共に過ごせただけでラッキーだ。ちょっとした非日常を見せてくれてありがとう。

 ……なんて、心の中で勝手に感謝していると。


「……やだ」

「え?」

「……これっきりなんて、嫌だからね」


 ケイくんが駄々をこね始めた。


「……なんで」

「なんでって分かんない? さっきから言ってるでしょ。オレ、カオルさんが好きなんだよ」

「どうして……そこら辺にいるような平凡な女だよ」

「うん、知ってる」

「もしかして、私のことめっちゃ美人に見える?」

「恋愛感情のフィルター込みの感想で言うとめちゃくちゃ可愛く見えるけど、客観的に見たら中の中……いや、中より少しだけ下」

「あんたね……」


 ほんと失礼なやつ。私以外の女の子には絶対容姿の話なんてするんじゃないわよ。


「ケイくんって遊び慣れてるでしょ」

「うん。まあ、それなりには」

「……そこ、潔く認めるんだ」

「まあね。オレ、他人より顔がいいみたいだから」

「……ムカつく。じゃあこうやって女連れ込む時は毎回こんな豪華な朝ご飯作ってるの?」

「……ううん、しないよ。カオルさんが初めて」

 

 途端に、ケイくんが恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 何故この子は、私にここまで執着するのだろうか。


「……なんで、そんな」

「何回も言わせないで……好きだからだよ。あのバーで話した時から。カオルさん、仕事が忙しくて浮気されて別れた、とか、婚約してたのに、とかベロベロに酔っ払ってあの時オレに抱きついてわんわん泣いてたんだよ」

「え!? うそ……!? 恥ずかしいんだけど!」

「オレのスーツ、カオルさんの鼻水と涙でベトベトだし、カオルさんもメイクぐっちゃぐちゃだったんだよ」

「ま、マジ……!?」

「大マジ」

「ますますなんで私に執着してるかわかんないんだけど! ケイくんって変な趣味してない!?」

「はは、そうかも。……でもね、カオルさんのそういう正直に接してくれるところが、好きになったのかも」


 冬の湖のようなアイスブルーが私の瞳を見つめる。

 まるで、底なし沼のようだ。

 溺れそうな氷の青──意識が彼に完全に持っていかれる。


「……オレ、こういう顔してるから可愛らしく振る舞ってくる女の子しか見たことなくて。表面しか見てくれないし、オレもそれでいいやって思って今まで生きてたんだけど。あの時、全然飾らない態度で話しかけてくれて愚痴ってくれて……なんか、この人いいなって思って。トイレでゲロ吐いてても、可愛いなってなって……」

「それで私を連れ込んだの」

「うん、ごめん。でも今までにないくらい、本気だったんだ。こんなチャンス二度とないと思ったから」


 ケイくんは開き直って惚れ惚れするような笑みを浮かべる。


「か、変わってるね……」

「そうだね。カオルさんのせいで目覚めた」

「人のせいにすんな……」


 照れくさくなっていると、ケイくんが真剣な表情に変わった。


「まあ、そういうことだから……カオルさん、オレと付き合ってください」

「……」

「……やっぱり、駄目?」


 なんか、そんな捨てられた子犬みたいな表情で見られると罪悪感がわくな……。


「そうじゃなくて……。いきなり言われても実感ないから……。あなた歳下だし、一回しか会ったことない人に言われてもどう答えればいいか分かんない」

「じゃあ、まずは友達からってことで。少しずつ」

「……まあ、それなら。いい……かも」

「ほんと!? やった!」


 妥協案に頷くと、ケイくんは目を輝かせた。

 あまりの喜びように、私は彼を可愛らしく思えてきてしまっているようだ。絆されるまで、そう遠くない未来かもしれない。


「カオルさんにはこれから朝食だけじゃなくて昼食も夕食も作ってあげる! うちに来たら食べ放題だよ! ていうかもういっそのことうちで一緒に暮らしたーい」

「ええ……? 気早くない? つーかなんでご飯限定なのよ」

「えー? カオルさん、聞いたことないの?」


 ケイくんは綺麗なウインクをして、こう言った。


「好きな相手を射止めるにはまず胃袋から、って言うでしょ?」




(終)

 

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好きな相手を射止めるにはまず胃袋から 広井すに @hiroisuni2

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