好きな相手を射止めるにはまず胃袋から④
私はその後も次々献立に手を付けていた。
大根とお揚げの味噌汁──これは、赤味噌を使ったものだった。白味噌のものしか食べたことがない私には珍しく思えた。ケイくんは「流石に出汁は顆粒だしだけどね」と笑っていたが、揚げ出し豆腐同様、素晴らしいものだった。
赤味噌の中に鰹節の風味が主張はあるものの、味噌の味も邪魔せずに協調している。大根は煮崩れせずに、しゃきっとした触感が残る。
卵焼きは私が大好きな甘めのものだった。実家ではしょっぱめの卵焼きがよく出たのだが、私は本当は甘い卵焼きが好きだったんだ、と言うとケイくんは「オレもオレも!」と楽しそうに同意してきた。砂糖は入りすぎていないようで、ほんのりと甘さが残る。卵そのものの素材の味が活かされている。焼きすぎると固めになってしまいがちだが、揚げ出し豆腐の頃も同様、ふわっとしていた。それこそ、口の中でとろけそうになるほどに。
焼き鮭は木曜日の夜にスーパーで買ってきたものらしいが、ほろほろとした触感だった。ほんの少しだけしょっぱめだったが、白米のご飯の上にのせると中和されてほかほかの握り飯を食べたような感覚になる。
ほうれん草の胡麻和えは、青臭さが全くなかった。ケイくんはあく抜きが上手いのだろうか。胡麻の甘さが引き立ち、主菜の箸休めとして口の中を一度さっぱりとさせてくれる。
もう私はすっかり朝食の虜となっていた。
「ケイくんって何かの料理人?」
「え、違うよ。普通の会社員」
「独学ってこと?」
「うん、まあそうなるかな」
「すごいね。私、ここまで作んないよ。面倒くさいもん」
「じゃあ普段何食べてんの」
「コ、コンビニの菓子パンとかカップ麺ばっかり……」
「えー、マジで!? 栄養偏っちゃうよ! たまにでいいからちゃんとしたもの食べなよ!」
「うん……でも、時間ないから」
「……仕事?」
「う、うん……」
ケイくんが少しだけ、深刻そうな顔で見つめた。
仕事のことまで愚痴ってたのか、私……。
規則上は十八時が定時だけど、一、二時間残業するのがデフォで、終業前には必ず何か仕事が持ち込まれて、時には終電ギリギリまでになるあの仕事のことを……。
「うちに棲めばいいのに」
「は?」
「だからー、うちに棲めば美味しいって褒めてくれるご飯、毎日作ってあげるよ」
「はあ?」
「家賃は行ってらっしゃいとおやすみのキスでいいよ」
「何それ。なんかクサいよ」
「駄目だったか。こういうこと言うの、初めてなんだもん」
「ケイくんは口説き文句なんて言わなくてもモテそうだもんね。女の子から寄ってきそうな……」
ケイくんが口を尖らせたので、私は吹き出した。
現実味がわかない。
……どこまでが本気なんだろう?
まあいいや。連絡先なんて知らないし、所詮は一夜限りの関係。
私たちはこのご飯を食べたらもう二度と逢うこともないような、『他人』になるだけなのだから。
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