第2話
「まさか、あんな方法で女神様の神殿へ行けるとはな……」
俺が呆れたように零すと、隣を歩く彼女は、これ見よがしにふんぞり返ってみせた。
「ふふーん! これは流石のあなたでも予想できなかったんじゃない!? これこそ案内人の真髄ってやつだよ!」
「ああ。たしかに『案内人』らしい働きぶりだったぞ」
「ふふーん!」
いつまでその鼻高々なポーズを続けるつもりだろうか。
俺たちが、あの果てしない白の空間から脱出した方法。
それは、およそ神域に相応しくない泥臭いものだった。
――――――――――――――――――
「……で、どうやってここから出るんだ? 行き止まりに見えるが」
少し前、俺たちはあの白い空間を走り抜け、何もない座標で足を止めていた。
すると、彼女は唐突に奇行に走ったのだ。
「えーっと、どこだったっけなー。このへんに……よいしょっと」
彼女は虚空に向かって、パントマイムをし始めた。
何も存在しないはずの空間を、ペタペタと叩いている。 その時だった。
――ゴツッ。
何もないはずの場所から、拳が石に当たったような、硬い音が響いた。
「お、あったあった。これだよこれ!」
彼女が虚空を「掴んで引く」ジェスチャーをすると、そこには幅の狭い、どこまでも続いていそうな「黒い裂け目」が口を開けた。
まるで、真っ白なキャンバスをカッターで切り裂いたかのような、異様な光景。
「……」
「え、何その目? 不審者を見るような目はやめてくれるかな!」
「いや、突然やけに上手いパントマイムを始めたから、いよいよ頭がイカれたのかと思っただけだ」
「パントマイムじゃないよ! ここ、壁も床も全部白すぎて見えてないだけなの! この穴こそが、隠された秘密のルートなんだから!」
「……なるほど。この黒い穴が、次の場所への入り口か。なんだか、空調ダクトのようだな」
「そうそう。ここを這っていくと女神様の神殿に着くの。さ、入って入って! 結構入り組んでるから気をつけてね。私は後から入るから」
「……」
俺は穴の入り口で足を止め、彼女をじろりと見た。
「入らないのか? 案内人なら、先導するのが筋だろう」
「いや、それは……その……」
なぜか、彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。
さっきまで「案内人のプライド」とやらを声高に主張していたくせに、急に内気になりおって。
……ああ、そうか。合点がいった。
こんな狭いダクトの中を、彼女が先行し、俺が後ろから追いかける形になる。
年頃の少女からすれば、男に背後から這い寄られる構図は生理的に忌避したいものなのだろう。
「安心しろ。お前のような子供に欲情するほど、俺は獣ではない。軍務においても節度は守ってきたつもりだ」
「ち、違うわっ! そんな理由じゃないわっ!」
違ったのか。
「……くっ、暗いところ、無理なんだよぉ……」
消え入りそうな声で白状した彼女の姿に、俺は思わず天を仰いだ。
なんだ、やはり、ただの子供じゃないか。
「あーっ! 何その呆れたような顔! 暗所恐怖症を馬鹿にすんな! 怖いものは怖いんだよぉ!」
「いや……別に呆れてはいない。ただ、意外だっただけだ」
「くっそぉ……」
「まあ、そう気を落とすな。俺が先に行く。お前は後ろから方向を指示してくれ。それならいいだろう?」
「……う、うん。わかったよぉ……」
そうして、案内人としての威厳を完全に紛失した彼女を引き連れ、俺たちはダクトのような閉鎖空間へと潜り込んだ。
埃一つないが、ひたすらに暗く、狭い。
そこを一時間ほど、這いつくばって地を進んだ後、俺たちはようやく「神殿」へと辿り着いたのだ。
――――――――――――――――――
「……しかし、意外にも人がいるものなんだな」
俺はダクトを長時間這い回ったせいで、悲鳴を上げている腰をさすりながら呟いた。
辿り着いた神殿の広場には、すでに四十人ほどの「先客」がいた。
だが、その光景はなんだ…その…異様だった。
ある者は雑草に熱心に話しかけ、ある者は床に転がって惰眠を貪り、ある者は神殿の柱に恋人のようにしがみついている。
そこにあるのは、活気ではなく、弛緩しきった停滞だった。
「うん。彼らは全員『遂行者』だよ。転生を待っている人たち」
暇すぎておかしくなっているのか?
「あいつらも、お前が案内したのか?」
「えっと……厳密にはそうじゃないよ。半分くらいは、女神様が直接、声だけで導いた人。残りの半分は……うん、私かな」
「一人一人これだけの時間をかけていたら、相当な重労働だろう。案内人も楽じゃないな」
俺が何気なく口にすると、彼女は疲労困憊といった様子で語りだした。
「……いつもは、もっと近い場所に魂が現れるんだよ。でも、あなたは……はぁ。めちゃくちゃ離れた、深い場所にあったから。だから、時間がかかったの」
「ほう。迷子としてのレベルが高かったわけか」
「そんなの自慢にならないってば。……それより、行くよ! 女神様のところへ。順番待ちの人たちより先に、あなたを通してあげるから!」
「なぜ俺が最優先なんだ……おい、うぉっ!?」
彼女が再び俺の腕を掴み、全速力で走り出す。
その加速は凄まじかった。
さきほども一緒に走ったが、加減していたのか?
思考の片隅で、俺は彼女のステータスを回覧した。
――――――――――――――――――
個体名:ルル
L v:92
H P:1086/1086
M P:913/913
攻撃力:1230
防御力:523
速度:1534
スキル:未確認
――――――――――――――――――
ぶっ壊れじゃないか。
……前世の俺とまではいかないが、優に師団一つを壊滅させられるだけの、デタラメなステータスだ。
これほどの力を持つ彼女が、なぜこれほどまで怯え、案内人などに甘んじているのか。
「ほら、ぼーっとしてないで! 空中庭園までワープポータルを使うから、しっかりついてきて!」
「ああ、わかった……」
彼女は笑顔だった。
けれど。
俺の腕を握るその手は、ずっと、小刻みに震えていた。
前を走る彼女の背中が、今までで一番小さく、今にも消えてしまいそうに悲しげに見えた。
――――――――――――――――――
「……着いたよ」
彼女に連れられてポータルを抜けた先。
そこは、天空に浮かぶ「島」だった。
どこまでも広がる蒼穹の中に、真っ白な石が規則正しく敷き詰められた広大な祭壇がある。
島の縁には、天を衝くような白亜の円柱が並び、降り注ぐ太陽の光を反射して煌々と輝いていた。
神々しい、という形容がこれほど似合う場所もないだろう。
そして、その島の中心。
五メートル四方の祭壇の上に、一人の女性が立っていた。
ほんわかとした、すべてを包み込むような、優しい光を纏った女神。
「いらっしゃい、遂行者さん」
彼女は俺たちに向かって、慈愛に満ちた微笑みを投げかけた。
それだけで、全身の緊張が氷解し、心が無防備に開かれてしまいそうになる。
「……お会いできて光栄です。女神様」
俺は軍人としての礼節を保ち、頭を下げた。
女神は満足げに頷くと、俺の隣で固まっている少女へも視線を向ける。
「それから、あなたも。よく頑張ってくれましたね。ご苦労様」
「い、いえっ! そ、そんな……っ! 滅相もございませんっ! 光栄ですっ!」
ルルの声が裏返っていた。
先ほどまでの快活さは霧散し、まるで捕食者の前に引き出された小動物のように、おびえ切っている。
「ところで、その遂行者さんの願い事は聞いてくれたかしら?」
女神は、微笑みを崩さない。
「は……はい。……『平穏な暮らし』、だそうです」
「ええ、ありがとう。ふふ、平穏な暮らし……。素敵ね。とてもいい願いだわ」
「……いいえ。現実から逃げ、戦うことを放棄した末の、臆病者の願いです。称賛されるようなものではない」
俺の自嘲気味な言葉に、女神は首を横に振った。
「いいのよ。願いというものは、それが何であれ素晴らしい。魂を輝かせるための、尊い原動力なのですから」
透き通るような声。非の打ち所のない、聖なる言葉。
……だが、なぜだろうか。 言葉を交わすたびに、胃の腑の底からせり上がってくるような、猛烈な拒絶感がある。
――「虫唾が走る」感覚が、俺の神経を逆撫でする。
「さあ、そこの魔法陣の上に立って。それで、あなたを望む世界へ送り届けてあげましょう」
女神は自分のすぐ隣、祭壇の中央に刻まれた紋様を指し示した。
「そうね……あなたの適性なら、この世界が良さそうかしら。そうだ、転生の術式にあなたの情報を書き込むから、少し魂を見せてくれる?」
「ああ。構わないが」
「じゃあ、少し胸を貸して」
ルルが、何かを言おうとして口を震わせた。
だが、その言葉が紡がれることはなかった。
俺は彼女の異変に気づきながらも、抗いがたい女神の引力に惹かれるように、放心してただ立っていた。
女神が、俺の心臓のあたりに手を置く。
その指先は温かく、羽毛のように柔らかい。
丁寧に、慈しむように魂の拍動を感じ取っているかのようだった。
しばらくの沈黙。
やがて、彼女は心底嬉しそうな――あるいは、空腹を満たす獲物を前にしたような、艶めかしい笑みを浮かべた。
そして、魔法陣に何かを書き込んだ。
「ありがとう。……完璧に、書き込めたわ」
「これで、転生できるのか」
「ええ。できるわよ。さあ、そのまま動かないで」
女神が両手を掲げ、魔力を解放する。
瞬間、足元の魔法陣が、網膜を焼くような眩い光を放ち始めた。
――ドクン。
鼓動が、跳ねた。
戦場で、死線を潜る瞬間にだけ鳴り響く、あの警鐘。
「危険だ」と、全細胞のひとつひとつが叫び声を上げている。
「そこに、じっと立っていてね。動いてはだめよ?」
足元から這い上がってくる魔力の奔流。
それは、温かな祝福などではなかった。
……死だ。 この感覚を知っている。
仲間を裏切り、背後から引き金を引く瞬間の、あの汚らわしい死の臭い。
これは転生のための術式などではない。もっと、どろりとした私欲にまみれた……捕食の牙だ。
逃げろ。 ここから動け!
でなければ、死ぬ!
本能はそう叫び、筋肉に離脱の命令を下そうとする。 しかし。
「じっと、ね」
女神の瞳と視線がぶつかった瞬間、思考が霧に包まれた。
理性が、本能の叫びを「違和感」として認識することを拒絶していく。
危険だとわかっているのに、その危険すらも「幸福なこと」のように上書きされていく。
死が、すぐ目の前まで迫っていた。それをわかっていた。
それでも俺は。
麻痺した人形のように、光り輝く魔法陣の中から一歩も動くことができなかった。
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隔日 23:00 予定は変更される可能性があります
終末軍人クエスト――俺は、どんな世界に行ったって、俺の願いを貫き通す!―― 転生した軍人は天界でも、異世界でも、己の力で任務を遂行する。 夜川 ソワ @Yagawa_Sowa
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