第2話 薫さんとオトナなアドバイス
「やはり木場さんは誰かと間違えられているのではないでしょうか」
苦笑いしながらやんわりと否定する。
「あー、ごめんなさい。気のせいだったみたいですね。勘違いしちゃったのかなって」
異論反論それらを全て飲み込んだ。
フォローしてもらっているのだから当然だ。
「お疲れのようですから、学校から帰宅したらゆっくり休んでくださいね」
やっぱりこの人天使だわ。そちらに関しては異論も反論も毛頭ない。
◇
この先の交差点をまっすぐいけば凪端女子、ここを右に曲がれば俺の通う下凪高校。
とうとうここでお別れのようだ。
「木場さん。それではまた」
「ええ、また」
俺たちは短くやり取りをし別れた。
一人になったこのタイミングでまたしても、あの違和感が再燃してしまう。
あの晩俺は一体誰と会話をしたのか、あれは東雲薫さんのドッペルゲンガーだったりしてな。
モヤモヤした気持ちを抱えながら、学校へと向かった。
◇
あっという間に下校の時間。
さきほどまでバカをやっていた友人たちとも別れ一人歩いて帰宅する。
家と学校が近くなったおかげで、満員の電車に乗らなくて済むのは助かる。
そしてここが東雲さんオススメのポイント。
この川沿いの桜並木が鮮やかである。
また明日も東雲さんに会えたらいいんだがな、またパン屋に顔を出してみようか。
「ふふ、また会いに来ちゃいました」
「えっ、東雲さん。もう帰宅したんですか?」
そんなことを願っていたらあっという間に叶ってしまった。学校が終わるのが早かったのか、もう私服になっている。
制服姿も悪くないのだが、私服姿の東雲さんもとても綺麗だ。
服に清潔感や統一感があって春らしい服装、ぶっちゃけ俺好みである。
「やっと、やっとなんだ」
「え?」
その刹那俺は東雲さんに思いっきり抱きつかれる。しかも路上で。
俺の心臓はうるさいくらい鳴り響く。
「っ、東雲さん?」
「もう少しだけこうさせてほしいの。あー、伊吹さんの匂いがするよ」
「えっ、匂い?」
なんかとてつもなくヤバいことを口走っていないかこの人?
「大好きですよ。伊吹さん」
曇りない瞳でど真ん中ストレートに告白される。
俺のなかで時が止まった。
なんだこれ、なんだこのシチュエーション。
「ずっとあなたに逢いたかったの」
東雲さんはゆっくりと顔を見上げる。
すると彼女の目には大粒の涙、しかも泣き崩れるせいで化粧もボロボロ。
この人なにかがおかしい、朝にパン屋で会った東雲さんじゃない。
この人こそあの夜にベランダで話した東雲薫さんだろう。
「あなた本当に東雲さんですか?」
ぶっちゃけ美人に抱きつかれて嬉しい感情よりも困惑した感情が勝つ。
「……私の名前は薫(かおる)です。これからは薫って呼んでくださいね」
俺から名残惜しそうに半歩離れると自己紹介する。
「あなたは東雲薫のことが好き?」
「えっ、なんというか。まだわからないです。でも嫌いじゃないのは確かです」
そんなこと急に聞かれても困るが、なんとか自分の気持ちを言語化する。
「ふふ、嬉しいな。私はあなたのことが世界で一番好きなのよ」
「いやいや、やめてくださいよ。恥ずかしいので」
「だから私はここに来たの。高校生の姿をしていても、やっぱり伊吹さんは伊吹さんだった」
「それはどういうことです?」
「ごめんなさい伊吹さん。そろそろ私は消える時間のようです、もう一人の私のことをよろしくお願いしますね」
一瞬その場が光る。
俺は眩しくて目を瞑り、次に開いたときには薫さんの姿はいなくなっていた。
俺は夢でも見ていたのだろうか。
「あっ、その、すみません。やめてください」
近くで女性の声がする。
「本当にごめんなさい。急いでいるんです」
この声は東雲さんだ、どこからか東雲さんの声がするぞ。
俺は咄嗟に声の方向へ駆け出していた。
そして俺は思わず目を疑った。
なぜなら東雲さんがそこにいたからだ、しかも私服ではなく制服姿で。
「ねぇ、いいじゃん。お茶しようよ」
「やめてください」
東雲さんがどこかの高校の男子生徒に手を掴まれている。なんか怖そうなやつに絡まれているな、正直近づきたくもない。
けれど東雲さんは明らかに嫌がっているし、ここで無視ってわけにはいかないよな。
ひとまずドッペルゲンガー説については、今は考えないようにする。
「薫さん」
「あっ」
俺の声に気づくと腕を振りほどいて、急いで駆け寄ってくる。
そして俺の後ろに隠れた。
「えっ、もしかして彼氏くん? なんか普通で冴えない感じの人だね」
俺を馬鹿にするように笑う。
不釣り合いなのはわかっているっての。
「東雲さん。少しだけ我慢してね」
俺は耳打ちする。
すると東雲さんは不安そうな顔をしつつも、こくりと頷く。
「ええ、そうですよ。俺にはもったいないくらいかわいい彼女なんです」
そう言って東雲さんの手を握り、足早にそこから離れる。
「ちょっ、あのさ。逃げなくてもいいじゃん」
それでも彼はしつこくついてくる。
あー、もういい加減にしてほしい。
「俺らのうちまでついてこられるのは流石に遠慮してほしいです。なにせうちは隣同士なんで」
俺が苦笑いすると流石に相手も分が悪いようで、舌打ちをして去っていく。
こんなヤバそうな人と喧嘩とか怖いし、素直に諦めてくれて助かった。
◇
「大丈夫でしたか?」
なんとかヤバそうなナンパ男から逃げ切れたので、東雲さんにそう尋ねる。
「はい」
そう呟くとこくりと頷く。
「帰りましょうか」
「はい」
俺たちは多くは語らなかった、というより話せるような空気ではなかった。
東雲さんは東雲さんで俺の手を離してくれなかった。相当怖かったのだろうな。
「無事着きましたね」
「みたいですね」
マンションのエントランスまで来たら一安心したようだ。俺たちは自然と手が離れていた。
「ありがとうございます」
消え入りそうな声で呟く。
顔は浮かないというより沈みきった様子である。
「あっ、あの木場さん」
「はい?」
「私はあなたに助けてほしいって思っていませんから。これからはこういうことがあっても、私一人で対処できるので、もうこんなふうに構わないでいいですからね」
そう早口で捲し立てる。
「ごめんなさい。余計なお世話だったみたいですね」
やべぇなんか、思っていたのと違った。
そっか迷惑だったのか。確かに傍から見たらめちゃくちゃキモかったかもしれない。
俺は痩せ我慢と見栄で笑顔を意識する。
東雲さんの顔が見られない。今ここで彼女の落胆しきった顔を見たら、自分の心ががっくり折れるのは予測できるし。
「それじゃあ。さようなら」
東雲さんは小走りでその場を去る。
俺はだだっ広いエントランスに一人取り残される。近くにある高級そうな長椅子に、倒れこむように座る。
たまらず天井を見上げると、高級そうなダウンライトが眩しく俺を照らし続ける。
「きっついな」
人助けなんて見返りを求めてやるものじゃない、そんなことは重々承知している。でも他人に拒絶される経験はなかったので、かなり堪えてしまった。
「私が本当にごめんね」
いつの間にか薫さんが俺の隣に座っていた。
そして俺の身体にそっともたれかかる、その時ふわっとシャンプーのいい匂いがする。
彼女の温もりが自然と俺を包み込み、大丈夫だよと安心させてくれる気がした。
「あの子初めて誰かに自分のことを守られたの。いつもの調子なら守る側なのに。だから伊吹さんに助けられて動揺してああやって当たっちゃったみたい」
「いつも薫さんは急に俺の前に現れますね。そして気づけばどこかに消えてしまう。あなたは一体何者なんですか?」
「私は未来のあの子なの。オトナバージョンの東雲薫です」
「ちなみにどういう原理で?」
「過去に魂だけを持っていくことで、タイムスリップを可能としたの」
「言っている意味がわかりませんね」
「そうでしょ。なんなら私もそう思っているし」
イタズラっぽい笑顔を見せる。
俺も思わず笑みがこぼれる。
「ならそういうことにしておきます」
「あら疑わないの?」
「実際に薫さんが消えたところをこの目で見ているので」
普通ではありえないが目の前で起こっている以上、彼女の言葉を信じる他ないだろう。
それに薫さんの言葉を嘘と断定したくないし。
「ふふ、そうね。そういう素直なところが伊吹さんのいいところよね」
薫さんは俺の頭を撫でる。
「なっ、急にやめてください」
俺は顔を逸らしてそれを拒否する。
「あらやっぱり素直じゃなかったかも」
東雲さんは俺をからかう。
「あの子の魂と私の魂は近くで共存できないの。お互いが近くなると、遠い世界から来た弱い私の魂のほうが負けちゃってね。そしたら私はみんなから見えなくなってしまう」
「厄介なんですね」
よくわからないが承知した。なんかオカルトチックな話は俺には理解できないけれど、そういうものなのだと無理矢理落とし込む。
「ええ、本当に。誰かさんが過去にタイムスリップできる道具なんて持ってきちゃうからじゃない?」
ギュッと俺の頬をつねる。
「痛っ」
なぜ俺はつままれているのだ。
「伊吹さんが辛くなったら私が何度だって励ましにきますよ。だからあの子のことは絶対に嫌いにならないで」
「俺自身が東雲さんに嫌われているからなんとも言えませんね」
「ううん、伊吹さんは私をわかってない。あれはあなたをすっっごく意識しだしたからよ」
「へ?」
「世間知らずの未熟なお嬢様は、他人への好意の向け方が下手なだけなのよ」
薫さんはパチリとウィンクをする。
そして気づけばオトナバージョンの薫さんは、俺の前から再び姿を消した。
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