5.海
車から降りると、私はダウンジャケットのポケットに手を入れて荒れた海を見つめた。今日の海は厚い雲がかかっているせいで、空との境界が判りにくい。潮の匂いの合間に、雨の気配が混ざっている。これだけ寒いのだから雪が降るかもしれない。
私は砂に足を取られながら波打ち際に近づいていく。後に続く紗里が「寒い寒い」と言いながら、小走りで隣にやってくる。
「さすがに、誰もいないですね」
辺りを見回すと、すべてに灰をまぶしたような薄暗い情景が広がっている。紗里は手を擦り合わせ、しきりに息を吹きかける。今日は波の音が大きく聞こえる。
「もうすぐ四十九日ですね」
「そうだね」
私は言いながら、足元を見る。ゆっくりと歩きながら、落ちているものに目を走らせる。ここに裕樹がいたのなら、同じように何かを探してくれるだろうかと考える。砂浜に打ち捨てられた、がらくたの中に光る何かを、一緒に見つけ出そうとしてくれるだろうかと思って、寂しさを覚える。紗里は貝殻を拾い上げ、ビニール袋に放り込んでいく。いつものように、後で選別をするつもりなのだろう。
しばらく歩いていると、絵美は深緑色をした破片を見つけた。持ち上げると、波や砂に削られたガラスのようだ。角が取れているせいか、河原の石のような荒いなめらかさがある。空にかざし、色々な角度から見ていると、紗里が駆け寄ってきて声をかけた。
「何を見つけたんですか?」
「ガラスだと思うんだけど……何だか不思議で」
「シーグラスですね」
紗里は、同じようにガラスを見た。あいにくの曇り空のせいか、沈んだ色味をしている。裕樹の部屋に置かれた椅子を思い出す。私は手放しがたい気持ちが湧き上がるのを感じて、もう少し長く見つめていることにした。
紗里はきれいですねと言いながら、近くの砂浜を中腰で歩き回り、思いついたように「そういえば」と背筋を伸ばした。
「シーグラスはですね、『人魚の涙』って別名があるんですよ」
紗里は、再び駆け寄ると「人魚の涙です」と繰り返した。私は言葉を味わうように、じっくりと指の間にあるガラスを見つめた。
曇り空と冬の海、髪を巻き上げていく冷たい潮風、指の先の深緑色のガラス、明るく光っているわけではない人魚の涙……。
私はシーグラスを握りしめながら、反対の手で小さな穴を掘った。そして深く息を吐きながら、その中に埋めた。
立ち上がると、紗里は目を丸くして「持って帰らないんですか?」と聞いた。
「うん、いいの。その話が聞けただけで、十分な気がしたから」
紗里は相槌を打ったが、少し不満げにこちらを見た。何も言わないのが判ると、視線を外し、やがて貝殻探しに夢中になった。
私は暗い海を見る。白い泡に縁取られた波が、寄せては返していく。ガラスを埋めた場所はもう判らない。裕樹がどこにいるのか判らないのと同じように。
ああ、波の音がよく聞こえる。潮風に吹かれて、靡く髪が絡まり合う。濡れた砂を踏む。捨てられたような漂流物のことを考えて、目を閉じる。うねりながら、砂の上を駆けてくる。凍える指先で、海に触れる。
海に触れる 峰さそり @Mine_Sasori
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