3.流
葬儀から三週間が経った。初めてビーチコーミングに出かけてからも、絵美は平静を保ったまま生活を続けていた。
朝六時半に起きて自室のカーテンを開ける。今日はよく晴れていると思い、点在する雲をしばらく見つめた後、軽く伸びをしてリビングに行く。
炊き上がりの予約をしておいたご飯を混ぜ、玉子焼きと漬け物、みそ汁を並べる。朝食を口に運びながらニュース番組を見ていると、殺人事件の報道が流れた。亡くなったのは市内に住む二十八歳の男性、刃物で心臓を一突きされたことが死因、現在捜査中……。画面に映し出されている青いブルーシートで覆われた事件現場の様子を見ていると、絵美は何故これほどまでに大袈裟なこととして扱うのだろうと思って、ふと視線を移した。裕樹が座っているはずの場所には何も置かれておらず、当然誰もいない。少しの間、絵美はその空白を見ていたが、やがて別のニュースに変わると、箸の先でみそ汁をかき混ぜた。
一人分の食器を洗い終えると、絵美はソファーでうたた寝をした。知らない人が出てくる夢を見た。明るい月の下で手を握っていた。気づくと、学生の頃に一人で暮らしていたアパートにいて、水浸しの部屋の中で、絵美は同じ人の手を握りしめている。それなのに、姿が見えない。指を絡ませると、やけにきめ細かい肌の感触があった。絵美はきっと女の人だと思い、それを確かめられないことを不思議にも思わなかった。だってこの人はそういう人だから……。
目を覚ました時、こういう時に裕樹は出てこないものなのかと少しだけ驚いた。怠い体を起こすと、夢のことはすっかり消えて思い出せなくなった。
そういえば、今日はよく晴れていた。洗濯をすることにして、カゴに溜まっていた衣類を放り込んでいく。その途中で裕樹の靴下と下着が目に入ったが、手は止めなかった。洗濯機は大きな音を立てて回り始めた。絵美はそれがやけに煩く感じて、無性に音楽が聴きたくなった。
リビングに戻ると、スマホにイヤホンを差し込んで適当なローファイミュージックを再生する。こういう曲はどうしようもない悲しみを慰めるのかもしれないと他人事のように思う。ソファーにもう一度寝転がり、目を閉じる。絵美は自身が未亡人と呼ばれるのだろうかと考えて、きっとそうなのだろうとひとりごちる。夫を失った妻。悲しみに暮れる妻。それこそ今聴いているような音楽で、涙を流すべき存在……。あえて残されたノイズの感触が心地良い。洗濯機の音は、もう聞こえない。
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