【第一章:『下』】


 俺はずっと、この『した』――下層アンダーで生きている。


 ここは吟遊詩人が歌うような詩的な地下王国でもなければ、古の秘密が眠る壮大な遺跡でもない。ここはただの――正真正銘の、徹底的な『下』だ。


 見上げても空はない。星も見えない。風も吹かない。

 頭上にあるのは、何層にも積み重ねられ、とっくに錆びついた古い鉄板と、無数の寄生虫のように這い回るパイプラインだけ。熱気と湿気が混ざり合い、腐った排気口から吐き出されるコールタールの臭いが常に漂っている。


 この世界全体が、まるで死ぬことを拒否した巨大な機械の肺のようだ。


 俺たちはそんな肺胞の隙間に棲みついている。この場所には、もう誰も覚えていないような識別番号がある。「第七階層下部・第七通路」。壁に刻まれた無数の傷跡と焦げ跡が記録しているのは、事故と再建の歴史だけだ。


 ここでは、この狭苦しい空間を「家」と呼ぶにはあまりに心許ない。それは単に、俺たちがまだ死んでいないという証明書に過ぎない。

 ここでは、生きているという感覚さえもザラついている。


 旧貯水塔から汲み上げられた水は、三層のフィルターを通してもなお、喉を通る時に拭い去れない鉄錆の味がする。食い物はいつだって乾燥した菌床きんしょうブロックか、真空パックされた謎の塊茎類だ。

 大人たちは交代でさらに下の「栽培区画」へ降り、カビの生えかけたジャガイモや人工シダをこそげ取ってくる――誰もそのカビ臭さに文句を言ったりはしない。その臭いは、今日飢えずに済むという証だからだ。


 そして俺たちが持つ唯一の光、それを「心灯ハート・ランプ」と呼ぶ。


 旧時代の廃棄家電から抜き取った電磁コイルを改造した代物だ。

 手回し式の発電棒を差し込み、「風乾心芽ドライ・ハーツ」――干し草のような臭いがする、若葉に似た植物だ――を口に含んで噛み締め、電流の痺れを誤魔化しながら回し続ける。そうすれば、十時間は保つ。


 どの家の壁の隙間にも、ボロボロの地図が隠されている。

 そこには、どの通路が崩落したか、どこに行けばまだ旧時代のパーツが拾えるか、そして――どこへは絶対に行ってはいけないかが記されている。


「もっと深い場所へは行くな。いいか、絶対にだ」


 子供の頃、母さんはいつもそう俺に言い聞かせた。

「あそこには壁がないの。風が人を噛むし、それに……頭をおかしくする『光』がある」


 そう語る母の目は、俺を教育しているというより、俺を通して、かつて彼女自身が見てしまった深淵を恐怖と共に思い出しているようだった……。


 今日は『第八通路十六区画・清掃日』だ。

 これはこの場所における絶対の鉄律だ――仕事に出ない者は、今週分の浄水フィルターの配給チケットを貰えない。


 俺は老いた技工士の後ろについて、ガタガタと揺れる二段式リフトに乗り込み、補修し終えたばかりの壁面を拭き上げていた。溶接されたスクラップ鋼材を継ぎ接ぎしたその傷跡には、防錆塗料が雑に塗られているだけだ。雑巾がその粗く冷たい材質の上を滑るたび、俺は眠っている巨大な野獣の体を撫でているような気分になる。


 老技工士は相変わらず無口だ。時折、喉の奥から途切れ途切れの鼻歌が漏れるだけ。それはまるで、ゼンマイの緩んだ古時計が、気まぐれに時を刻んでいるような音だった。


 清掃が終わると、俺はいつものように第八通路の主幹パイプ脇にあるメンテナンス用孔を通って帰路についた。そこは本来立ち入り禁止だが、騒音だらけのメインストリートよりはずっと静かだ。入り組んだ影の吹き溜まりには、上層から廃棄されたガラクタがよく積もっている。運が良ければ、まだ芯が断線していないケーブルが見つかることもある。


 俺はそれらを拾い集めて持ち帰り、太く短い結び目を作って、俺の狭い部屋に吊るすのが好きだった。空のないこの場所で、捨てられた銅線たちは、俺にとって地底の「星」だった。


 本物の星については……一度だけ、壊れかけた端末の黒い画面越しに見たことがある。

 残存していた記録データの中で、漆黒の虚空に無数の小さな白い光が浮かんでいた。それらは熱を持たず、眩しくもなく、ただ静かにそこで瞬き、明滅していた――まるで呼吸しているかのように。


 俺たちの世界にある光とは違う。地底の光は硬く、冷たく、生きるために無理やり点火させた死物だ。だが記録の中の光は……生きていた。


 あれこそが、伝説にある「上」なのだと思う。


 俺は手袋についた煤を払い、家路への最後のカーブを潜り抜けようとした。

 その時、視界の端に何かが引っかかった。

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