第2話 直したランプを競売に出したら、国家予算レベルの金額が提示された件

 翌朝。僕は、店先から聞こえる騒がしい声で目を覚ました。借りた毛布から顔を出すと、店の窓の外が異様に明るい。


「……まぶしいな。誰か街灯でも置いたのか?」


 寝ぼけ眼をこすりながら一階へ下りると、そこには昨夜の涙が嘘のように消え、ギラギラとした目を輝かせたシルヴィが立っていた。


「カイル! 起きたのね! 見て、これを見てちょうだい!」


彼女が指差したのは、カウンターに置かれたあのランプだ。僕が昨夜、『 修 』と『 灯 』の二文字を刻んだ骨董品。驚くべきことに、そのランプは燃料となる魔石を一切補充していないにもかかわらず、太陽の欠片を閉じ込めたような清浄な光を放ち続けていた。


「これ、一晩中光ってたのか?」


「そうよ! それだけじゃないわ。近所の魔導師たちが『この光を浴びたら長年の腰痛が治った』とか『魔力の回復が早まった』って、店の前に大行列を作ってるの!」


 窓の外を見ると、確かに野次馬の山ができていた。漢字魔法は、ただ対象を直すだけじゃない。刻んだ文字の概念そのものを、世界の理に上書きして定着させる。


『 灯 』という文字が持つ「闇を照らす」という本質が、周囲の希薄な魔力を勝手に吸収し、永久機関のように光り続けている、と思われる。正直、ここまでの威力を発揮するとは思わなかった。


「これ、ただの修理じゃないわ……『神格化』よ。カイル、あなたこれ、いくらで売る気?」


「え? うーん……パンがお腹いっぱい食べられて、今夜の宿代があれば十分だけど」


 僕の答えを聞いた瞬間、シルヴィが僕の肩を掴んで激しく揺さぶった。


「バカ言わないで! これは国を動かすレベルの代物よ。いい、今すぐ王都最大の競売場(オークション)へ持ち込むわ。昨日の借金取りを黙らせるどころか、この街ごと買い取れるかもしれないんだから!」



王都中央、白亜の殿堂。ここは帝国中から富豪や貴族が集まる『グラン・オークション』の会場だ。場違いなほどボロボロの服を着た僕と、古着を精一杯着飾ったシルヴィは、厳しい警備員の視線を潜り抜けて受付へと向かった。


 その時、聞き覚えのある笑い声が耳に届いた。


「おや……? 視界が汚れたと思ったら、退学者のカイルじゃないか。こんな高尚な場所に、何の御用かな?」


 振り返ると、取り巻きを引き連れたアルベルトが立っていた。彼はこの競売場の上客である伯爵家の嫡男だ。僕を学園で「無能」と笑っていたリーダー格である。


「見てよアルベルト様。彼らが持っているの、ひび割れたランプですよ。あんなガラクタを売りに来るなんて、恥という概念を知らないのかしら」


 取り巻きの女子学生が、シルヴィが大事そうに抱えるランプを見てクスクスと笑う。シルヴィが言い返そうと唇を噛んだが、僕はそれを手で制した。


「ガラクタかどうかは、プロに判断してもらえばいいさ。僕らもちょうど、学園の学費がいかに無駄だったかを知りたかったところなんだ」


「……フン、生意気な奴め。僕はこの後、王家秘蔵の魔石を競り落とす予定なんだ。貴様のような底辺が、僕と同じ空気を吸える時間を精々楽しむがいい」


 アルベルトは鼻で笑い、VIP席へと消えていった。


「何よあいつ!貴族だか何だか知らないけど随分な態度ね、頭にきちゃう!」


鼻息を荒くするシルヴィを引っ張り、僕たちは会場へと向かった。



いよいよ競売が始まった。宝石や名剣が次々と高値で落札されていく中、ついに僕らの番が来た。


「……次の出品物は、持ち込みによる一品です。……えー、出所不明の古い魔導ランプ。ただし、鑑定士曰く『極めて特殊な紋章』が刻まれているとのことです」


 司会者の言葉に、会場から失笑が漏れる。


「なんだ、ただのランプか」


「休憩時間にでも出せよ」


 という冷ややかな空気。VIP席のアルベルトも、ワインを片手に愉快そうにこちらを見下ろしている。だが、シルヴィがランプの覆いを取った瞬間、


――会場の空気が凍りついた。


『 灯 』


 一文字の漢字が黄金の脈動を放ち、会場の巨大なシャンデリアの光をかき消すほどの輝きを放ったのだ。


「な、なんだあの光は!?」


「鑑定士! 早く鑑定結果を!」


 壇上に上がった帝国筆頭鑑定士が、震える手でランプに触れた。彼は一瞬目を見開いたかと思うと、椅子から転げ落ちんばかりに絶叫した。


「お、おぉ……! 信じられん! 構造は千年前の古代遺物だが、その出力は……現代の聖法魔法を凌駕している! それも、この表面に刻まれた『未知の術式』から魔力が無限に湧き出しているのだ! これは……『神話級(ミソロジー)』のアーティファクトだぞ!!」


 会場が、爆発したような騒ぎになった。


「開始値は、い、いくらですか!?」


「10万……いや、そんな端数では失礼だ! 100万ゴルドから開始します!」


 司会者の声が終わる前に、札が次々と上がった。


「300万!」


「500万だ! 我が公爵家の家宝にする!」


「800万! 教会の祭壇に奉納したい!」


 VIP席でアルベルトが手にしていたグラスが、床に落ちて砕けた。彼は口をパクパクさせ、信じられないものを見る目で僕とランプを見つめている。


「な……なんだ……あんな物に、そんな価値があるわけ……っ!」


 競り値は止まらない。ついに、会場の最前列に座っていた軍服の男が立ち上がった。


「――1,500万ゴルド。帝国の北域、一都市の年間予算分だ。これで手を打とう」


 会場が静まり返った。帝国軍の将軍自らによる、破格の提示。


「1,500万ゴルド……! 他にいらっしゃいませんか!? ……落札!!」


 カン、と木槌が鳴り響く。シルヴィはあまりの衝撃に、僕の腕を掴んだまま腰を抜かして座り込んでいた。僕は、青ざめて震えているアルベルトの方を向き、軽く片手を上げた。


「……悪いなアルベルト。お望みの魔石、僕たちならもう100個は買えそうだ」



 競売場の裏。受け取った金貨の重みに、シルヴィはまだ夢見心地でいた。


「ねえカイル……これ、現実よね? 私たち、一晩で大富豪になっちゃったの?」


「みたいだね。でも、これは始まりだよ。シルヴィ」


 僕は彼女の目を見て、静かに微笑んだ。


「この街には、まだガラクタと呼ばれて眠っているお宝がたくさんある。それを僕の漢字で全部叩き起こすから、二人で世界一の商会を作ろう」


 シルヴィの瞳に、今度は野心という名の強い光が灯る。


「ええ……! カイル、私、あなたを絶対に離さないわ! 一緒にガッツリ大儲けしましょ!」


 そう言ってシルヴィはガッツポーズを見せた。


「でもカイル、どうしてあなたは会ったばかりの私にこんなに良くしてくれるの?」


 純粋で無垢な瞳がカイルの顔を不思議そうに覗き込む。僕は夜の空を見上げる。そこには、元の世界では見たことも無いような星空が広がっていた。


「それはねシルヴィ。君が僕に……」


 一文字で価値を創造し、二文字で世界を変える。  僕らの漢字魔法による経済無双は、まだ一歩目を踏み出したばかりだった。

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追放された無能は『漢字』で世界を書き換える 〜魔法陣も詠唱も不要。一筆書けば伝説級(アーティファクト)の出来上がり。没落商会の美少女と始める、最強の文字ハック成り上がり〜 きくぞう @kikuzouz

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