追放された無能は『漢字』で世界を書き換える 〜魔法陣も詠唱も不要。一筆書けば伝説級(アーティファクト)の出来上がり。没落商会の美少女と始める、最強の文字ハック成り上がり〜

きくぞう

第一章 追放された漢字使いの再誕

第1話 追放された無能と、没落商会の少女

「――カイル・ロッド。君の描く紋章は、あまりにもデタラメだ。学園始まって以来の無能だよ」


 帝国魔法学院の卒業試験。豪華なシャンデリアが輝く講堂に、冷ややかな声が響いた。学園長の言葉に、周囲に並ぶエリート学生たちがクスクスと肩を揺らす。


「見てよ、あいつの羊皮紙。ただの棒線が三本重なってるだけだぜ?」


「魔法陣ですらない、ただの落書きだ。呪文の詠唱もなしに、あんなもので魔法が発動するわけないだろうに」


 嘲笑の中心に立たされているのは、僕だ。僕が提出した羊皮紙には、確かに他の学生のような複雑な模様は描かれていない。


 ただ一文字、『 火 』と書いただけだ。


「……君は退学だ。魔法使いを名乗るなど、我が校の恥晒しだよ」


 学園長に背を向け、僕は静かに講堂を後にした。 悔しさがないわけじゃない。だがそれ以上に、僕は呆れていた。


 ……彼らは知らないんだ。複雑な魔法陣を何十分もかけて描くより、たった一文字、正しい『意味』と『形』を記す方が、世界を容易く書き換えられるってことを。


 僕には、前世の記憶がある。日本という国で、当たり前に使っていた『漢字』という文字の知識だ。  この世界に転生してから気づいた。漢字は、一つ一つが独立した意味(概念)を持つ、超高密度の魔法言語だということに。


 だが、この世界の羊皮紙は漢字の圧倒的な情報量を具現化するための媒体に適していない。スクロールとしての機能は果たすだろうが、恐らく僕が書いた『 火 』が発動するには、あと数分はかかる。そのタイムラグのせいで、僕は「無能」の烙印を押されたというわけだ。


 ポケットの中で筆一本を転がしながら、僕は雨の降り始めた王都へと歩き出した。宿もなければ、金もない。それでも、悲観はしていなかった。


 さて……どこかで商売でも始めようかな。



魔法学院を追放されてから数時間後。王都の路地裏、雨を避けて飛び込んだ軒先で、僕は彼女に出会った。


「――いい加減にしろ、シルヴィ! 今月中に借金を返せなきゃ、この店は我々『黄金の牙商会』が没収する!」


「待ってください! あと少し、あと少しでこのランプさえ直れば……っ!」


 潰れかけの古道具屋。そこで、一人の少女が男たちに詰め寄られていた。燃えるような赤髪を振り乱し、必死に食い下がっている。彼女が後に僕の運命を変える商人、シルヴィだった。


「そのランプか? 粉々に砕けてるじゃねえか。王宮魔導師ですら『再生不能』と投げ出したガラクタが、直るわけねえだろうが!」


 男がカウンターにある「それ」を乱暴に指差した。かつては伝説の魔導具だったらしい、ひび割れ、真っ二つに砕けかけたランプ。シルヴィがそれを、壊れ物を扱うように大事そうに抱きしめる。


「これは、お父様が残してくれた……唯一の希望なんです……」


 彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。借金取りが、それを鼻で笑って手を伸ばした。


「おい、そのガラクタを寄こせ。売り払って少しでも足しにし――」


「――それ、僕なら直せるけど?」


 僕は、雨宿りのついでにと店の奥へと足を踏み入れた。


「……あ?」


「あなた誰!? 今は取り込み中なの、危ないから逃げて!」


 シルヴィが僕を庇うように叫ぶ。だが、僕は迷わず彼女の抱えるランプに手を伸ばした。


「直すって……このガラクタをか? 魔法も使えそうにねえ小僧が、何を――」


 僕は借金取りの罵倒を無視し、筆を取り出すと筆先にわずかな魔力を集中させた。意識するのは、復元。再生。そして、元の形に戻すという、強固な意志。


 そして、ランプの表面に筆で直接、その一文字をなぞった。


 『 修 』


 ズキュゥゥゥゥン!


 空気そのものが震えるような、重低音が響いた。  ランプに刻まれた一文字が、漆黒の魔力を放ちながら黄金色に輝き始める。


「な、なんだ!? 文字が、蠢いて……!?」


 借金取りが腰を抜かして後退る。次の瞬間、魔法のような――いや、魔法以上の光景が起きた。


 バラバラに砕けていたランプの破片が、磁石に吸い寄せられるように結合していく。ひび割れは一瞬で塞がり、汚れは消え去り、まるで今この瞬間に工房で作られたばかりのような、神々しいまでの輝きを取り戻した。やはり直接書いた方が手っ取り早い。


「あ……あ……」


 シルヴィが声を失う。それだけじゃない。さらに僕は、そのランプに隣り合わせでもう一文字、筆を走らせた。


 『 灯 』


 カッ! と、王都の夜を真昼に変えるほどの、圧倒的な光が溢れ出した。ただの光じゃない。浴びるだけで疲れが取れ、魔力が満ちていく。「伝説」のランプが、僕に刻まれた文字によって「神話」の域へと進化したのだ。


「ひ、ひぃぃぃっ! 化け物だ! 逃げろ!」


 光の圧力に耐えきれず、借金取りたちは悲鳴を上げて逃げ出した。静寂が戻った店内で、シルヴィだけが、眩しそうに僕とランプを交互に見つめている。


「あなた……一体、何をしたの? 呪文も、魔法陣も……見えなかったのに」


 僕は指をパチンと鳴らし、光を少し弱めた。


「魔法陣じゃないよ。これは――『漢字』。一文字で、世界を書き換える力だ」


 シルヴィの瞳に、絶望の代わりに「商人の輝き」が灯りだした。彼女は僕の手を、折れそうなほど強く握りしめる。


「あなた……私のパートナーになって! この力があれば、この店を……いいえ、世界中の富を手に入れられるわ!」


「え?」


完全に目が💰️になった彼女の視線に思わずたじろぐ。こうして、無能と笑われた僕の、漢字による世界ハックが始まった。

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