ステージ上の解剖学

体育館の緞帳(どんちょう)がゆっくりと上がっていく。

その瞬間に浴びた数百人分の視線の重さは、想像を遥かに超えるものだった。


ザワザワ……。

生徒たちのざわめきが、波のように押し寄せてくる。


ステージの中央、パイプ椅子も演台もない何もない空間に、僕たちは立っていた。

僕は白い半袖シャツに短パン。

そして隣の真理子は、白の半袖シャツに濃紺のブルマー姿だ。

冬の体育館の底冷えする空気の中、僕たちは生身の肌を晒している。


「これより、保健委員会による特別企画『見て学ぼう! 人の身体の動きと筋肉の仕組み』を始めます!」


マイクを握った真理子の声が、スピーカーを通して館内に響き渡った。

彼女の声は少し震えているようにも聞こえたが、その立ち姿は凛としていた。濃紺のブルマーから伸びる白い脚が、照明を浴びて健康的に輝いている。


「みんな、笑わないで真剣に見ること! これは学習です!」

真理子が一喝すると、ざわめきが少し収まった。さすが保健係の責任者だ。

彼女は僕に目配せを送る。「行くわよ」という合図だ。


「では、まず下半身の筋肉の動きから。モデルの佐藤くん、その場で『垂直飛び』をお願いします」

「はい!」


僕は大きく返事をして、ステージの中央へ進み出た。

全校生徒の視線が、僕のふくらはぎと太腿に集中するのがわかる。ふくらはぎには『ヒラメ筋』、太腿には『大腿四頭筋』と書かれたカラフルなテープが貼ってある。


「せーの、ふんっ!」

僕が思い切り床を蹴ってジャンプする。


「ストップ! ……今の動き、見えましたか?」

真理子が解説を入れる。

「着地の瞬間、ふくらはぎの筋肉がどう収縮して衝撃を吸収したか。そして次のジャンプのために太腿の筋肉がどう膨張したか。これこそが、私たちが走ったり跳んだりできる仕組みなんです!」


僕の吐く息は白いが、身体はカッカと熱くなっていた。

恥ずかしいという感情は、もう通り越している。今はただ、真理子の解説に合わせて完璧な動きを見せることだけに集中していた。


「次は、より柔軟な関節の動きを見てもらいます。私がモデルになります」


真理子がマイクをスタンドに置き、ステージ前方へ歩み出た。

男子生徒たちから、ごくりと息を呑むような気配が伝わってくる。


「前屈運動による、ハムストリングスと背筋の伸展です」


彼女は足を揃えて立ち、ゆっくりと上半身を倒していった。

柔軟性の高い彼女の指先は、余裕で床につく。

白い半袖シャツの背中が伸び、濃紺のブルマーがヒップのラインに沿ってぴんと張る。太腿の裏側に貼られた『ハムストリングス』のテープが、限界まで伸びているのが見て取れた。


「見てください。この裏側の筋肉が伸びることで、骨盤が前に傾き、深い前屈が可能になるのです」


彼女は前屈したまま顔だけを客席に向け、真顔で解説を続ける。そのシュールさと真剣さに、会場の空気は「冷やかし」から「感心」へと変わり始めていた。


「すごいな、あそこまで伸びるのか……」

「筋肉の動きって、ああやって見るとわかりやすいかも」

そんな声がちらほら聞こえてくる。


「最後は、二人組での負荷運動です!」


真理子の合図で、僕たちは背中合わせになり、互いの腕を組んだ。

いわゆる「背中合わせのスクワット」だ。互いの体重を支え合いながら、膝を曲げ伸ばしする。


「いち、に、いち、に!」


僕の背中に、真理子の温かい体温と、柔らかい背中の感触が伝わってくる。

汗ばんだ肌と肌が触れ合うたび、心臓の鼓動が早くなるのがわかった。


「この時、お互いの広背筋(こうはいきん)と脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)が、姿勢を維持するために激しく働いています!」


真理子は顔を真っ赤にしながらも、叫ぶように解説を続けた。

僕も負けじと声を出す。

「みんな、自分の背中を触ってみてくれ! きっと同じように筋肉が動いているはずだ!」


ステージ上で汗だくになりながらスクワットを繰り返す、半袖短パンとブルマーの二人。

それは端から見れば滑稽だったかもしれない。


けれど、フィナーレを迎えて僕たちがポーズを決め、荒い息を整えた時。

体育館は、割れんばかりの拍手に包まれた。


「やったわね……」

真理子が小声で呟き、汗で濡れた前髪をかき上げた。

その横顔は、やりきった達成感に満ちていて、今まで見たどの表情よりも輝いて見えた。

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