第2話
ピロン
パソコンのスケジュール表から通知が鳴る。
明日は、この間言われたドラマ化の顔合わせという名のご飯会だ。今回は料亭だと聞いた。滅多に外に出ない私は、今日美容院とエステの予約をしている。自分で手入れするのが面倒だし、プロに施してもらうに越したことはない。
適当な外着を着て、美容院に向かう、その後はマツパと一緒に眉毛もやってもらい、最後に美容エステに行き、汚い毛穴を掃除してもらう。令和の時代一般人が韓国美容やら、整形やらが常識になっている影響で、最低限の顔はしておかないとと身なりを整え帰宅する。午前中から動いたせいで、今日はくたびれて動けない。煙草に火をつける。ベランダに出て缶ビール片手に、すっかり陽が落ちて暗くなった空を、人々の働ている光が照らす景色を眺める。
ー明日面倒だな
2本ほど煙草を吸い終わり、飲み終わった缶ビールを握りつぶして部屋に戻る。パソコンの前に戻り物語に入る。
現実はなんてつまらないんだろう。
▽▼▽▼▽▼
「こっちです、磯ヶ谷先生」
指定された料亭の前に小野さんが待機していた。簡単な挨拶を終えて小野さんに念押しする。
「うまく言ってくれてます?今日お断りしますからね?」
「あははは、一応前向きではないと、伝えてはいます」
ー言い方引っかかるな
40%な笑顔をむける小野さんの表情は引きつっていると言ってもいい。
案内されている最中に中庭が見えて、小さな池まであって綺麗だ。
個室の襖をあけてくれ中に入ると畳の良い香りがした。掘りごたつになっており、
既に監督も脚本家も主要キャストの人達が座っていた。
「これはこれは磯ヶ谷先生」
鈴原監督が笑顔で立ち上がると、皆一斉にこちらに視線を移し立ち上がる。
ーうわ~本当にこの瞬間は苦手だ。なんでもう全員揃ってんのよ
笑顔をつくり、当たり障りのない対応をこなし、案内された席に座る。
私が座ると料理が順々に運ばれてくる。魚中心で黙々と食べる。
「私、磯ヶ谷先生の作品に今回携われて本当に嬉しいんですよ」
ーきた
隣の監督が私にお酌をしてくれる。
「ありがとうございます。そう思っていただけて嬉しい限りです」
受け取り、私もお酌をかえす。そこから少しずつ、監督の作品に対しての情熱やこだわり話される。脚本家も、うんうんと頷いている。斜め向かいに座っている小野さんは、笑顔で話を聞きつつ私の顔色を窺っている。
ー小野さんは協力してほしいんだろうなぁ
私も笑顔で聞きながら、断りどころを探す。
「ですのね、ぜひ、磯ヶ谷先生には現場に顔出していただいて、ご教授いただければ幸いです」
今時珍しい、近年になって丁寧に接してくれる人が増えたと聞くが、これまで監督や脚本家は割と原作者を大切にしない文化が当たり前だった。
らしい…私も歴は浅いので業界の噂と前回の経験をもって感じていた。
「原作を大切にしてくださり、本当に嬉しい限りです。ですが、私の物語は本になって終わりです。そこから映像化になるモノは、ぜひ、鈴原監督が感じたモノを作品に表現いただければと思います」
ー我ながらうまく断れたのでは?
「そうですか…残念です。できればご教授いただきたいのですが」
チラッと小野さんに視線を送る。少し気まずそうに
「私もできれば、こんなチャンスは滅多にない機会ですし、磯ヶ谷先生にも良い経験かと思うのですが…今執筆いただいてる連載や作品が多いのも現状です。ご協力できれば良かったのですが、申し訳ございません」
ーナイスフォロー
心の中で親指を立てて、私も残念そうに眉を八の字にした。
残念です、と監督は身を引いてくれ私は
「ドラマ楽しみに拝見させていただきます」
笑顔でかえすと、監督は思いついた様子で、
「では、放送したドラマの感想をいただけませんか?」
ーまじか…まぁそれくらいなら
「そのくらいでしたら、ご協力させていただきます」
笑顔でかえすと、監督は嬉しそうに感謝を伝えてきた。
「磯ヶ谷先生は、映像化に興味が元々ないんですか?」
少し時間が経ち、ある程度皆酔いが回り、各々好きな相手と話す時間の中、向かいに座っていた、今回のドラマ主人公役、また子役から上り詰め安定的にドラマ、映画に出演している人気俳優、相馬 一千春(そうま いちはる)が声を掛けてきた。
「興味ないことないですよ。ただ、小説の表現方法と映像は異なりますから」
笑顔でかえすと、作り笑顔100%です、という笑みを見せてきた。
「そうなんですね、てっきり興味ないのかと思ってました。前回の作品も特に口出しすることもなかったと聞いてます」
ーなんだろ、怒っているように見える
作られた笑顔の中に怒りを感じる。監督に続いて珍しいタイプだと思う。口出しを嫌がられるのが当たり前の世界で口出ししないことに怒るなんて。
ー変わってる
「珍しいですよね、口出しをしてほしいなんて」
ぽつり呟くと、作り笑みが自然と真面目な顔になる。
「それは磯ヶ谷先生にガッカリされたくないですし、原作を汚された、理解されていないと思われるのも嫌ですから」
白ワインのグラスを、ゆっくり揺らす指が、綺麗だと思った。白く細く骨っぽい。
じっと指をみてしまい、黙った私を傷つけたのかと思ったのか、少し慌てて
「あ、いや、もちろんそうならないよう、読み込ませていただいてますし、先生の小説は全部読みました」
その声に、我に返り気を遣わせてしまったと思い
「ありがとうございます。どの作品が好みでしたか?」
話題を変えた。
「海の底が一番好きです」
ー意外なチョイス、てっきり映像化された作品を言うかと思った。
「海の底ですか…またマニアックですね」
「そうですか?でも重版かかってますよ?人気です」
海の底はファンタジーの話、海の底にある魔王を倒すための石を探す勇者と仲間達の話。最後は石を手に入れ魔王を倒すハッピーエンドと見せかけて実はバッドエンドだ。もちろん私だけが知っている、バッドエンド。
「どこが好みでした?」
男性だし、冒険ものが好きな人は多い。敵をバサバサ切り倒していく爽快感が刺さるらしい。
「そうですね、あのどんどん出てくる敵を次々に倒していくところが爽快感あります」
ーやっぱり、人は最強主人公を好む
「でも、最後はバッドエンドってところが裏切られて、僕ちょっと泣きました」
「ーえ?」
驚いた私に、逆に驚く相馬さん、不思議そうに続けて
「え、国は平和になりましたけど、勇者の願いは叶わなかったですよね」
勇者は魔王を倒して国を救った。
でも、勇者が本当に望んでいたのは、愛していた人を救うこと。
愛していた人を救うことはできず、勇者の手によって殺された。
そう、闇の力に飲み込まれてしまった幼馴染、魔王。
魔王を倒して皆が喜び叫ぶ中、勇者は泣きながら叫ぶ。
「救ったぞ、て最後叫ぶの、あれは魔王に向けてですよね?
闇の力を取り除けなかった、苦しむ魔王に自分ができることは苦しみを和らげることだけ」
白ワインをくいっと口に運び続けて
「最後勇者は困っている人を救うために再び旅に出た、妃と結婚もせず
その背中を想像して、僕泣きました」
「…泣いてたんですよ」
そう、最後のシーン。
ー国を背に勇者は苦しんでいる人を救うため歩き出す。
その行に含んだ想い。勇者の背中は震えていた。誰にも見せることがない涙を流しながら、彼はどこに行ったんだろう。
私も日本酒を一口飲む。私の言葉に相馬さんは
「切ない話です」
そう言って、また持て余したグラスを揺らす。
死ぬまでの暇つぶし 茜雫桂香 @sennq_keika
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