第十八章 工場という戦場

戦場は、地獄の様相を呈していた。


防衛線では、通常の部隊が鉄喰らいの大群と激しく交戦している。銀鋼の武器を持つ兵士たちが懸命に戦っているが、敵の数が多すぎた。


「前進! 本隊と合流するな!」


シルヴァの指示で、突撃部隊は戦場の端を迂回して進んだ。


彼らの目標は、鉄喰らいの王ただ一体。途中の小物に関わっている余裕はない。


しかし、鉄喰らいたちも、この部隊の動きに気づいていた。


「敵、右方向から接近!」


「応戦! 足を止めるな!」


断鉄剣が閃く。鉄喰らいたちが、次々と斬り伏せられていく。


神鋼モドキの切れ味は凄まじかった。通常の上位個体でさえ、一撃で両断できる。しかし——


「数が多すぎる!」


包囲されつつあった。前に進めば進むほど、敵の密度が上がっていく。


「このままでは——」


その時、空から援護射撃が降り注いだ。


見上げると、メルティアが空中に浮かんでいた。彼女の周囲には、複数の魔法陣が展開されている。


「進め! 私が道を開く!」


エルフの魔法が、鉄喰らいの群れを吹き飛ばした。


「メルティア!」


「後で礼は聞く。今は行け!」


突撃部隊は、開かれた道を駆け抜けた。


やがて——


それが、見えた。


黒い山。


いや、山のような巨体を持つ、鉄喰らいの王。


体長は十五メートルを超える。黒い体表には、赤い光の筋が無数に走っている。そして、その目——知性と、怒りと、悲しみに満ちた赤い目が、こちらを見つめていた。


——来たか、鉄の者たちよ。


頭の中に、心話が響いた。


——千年ぶりに、真の戦いができそうだ。


「全員、散開! 包囲しろ!」


シルヴァの号令で、隊員たちが王を取り囲んだ。


——無駄なことを。


王が腕を振った。それだけで、凄まじい衝撃波が発生した。


「うおおっ!」


隊員の何人かが、吹き飛ばされた。


「攻撃開始!」


残った者たちが、断鉄剣を構えて突進する。


刃が王の体に触れた瞬間——


鋼鉄がぶつかり合うような、甲高い音が響いた。


「斬れ……ない!」


断鉄剣でさえ、王の体を傷つけることができなかった。


——愚かな。この身は神鋼そのもの。如何なる刃も通用せぬ。


王が笑った。


——だが、お前たちの武器は興味深い。かつての技術に近いものを感じる。誰が作った?


「俺だ」


鉄平が、前に出た。


——お前か。


王の視線が、鉄平に集中した。


——そうか。お前からは、懐かしい匂いがする。千年前の、同胞たちと同じ匂いが。


「お前が、ヴァルハイムか」


——その名を、まだ覚えている者がいたか。


「古代の記録に残っていた。最も優秀な冶金学者。そして——」


鉄平は、王を見据えた。


「鉄喰らいを生み出した、元凶」


——違う。


王の声に、怒りがこもった。


——我は被害者だ。完璧を求め、そのために全てを捧げ、そして裏切られた。


「裏切られた?」


——人間たちは、我の研究を恐れ、我を排除しようとした。だから我は、自らを実験台にした。そして——


王は、自らの体を見下ろした。


——この姿になった。人でも金属でもない、呪われた存在に。


「それは、お前自身の選択だ」


——黙れ!


王の怒りが、物理的な圧力となって鉄平を押した。


——お前に何がわかる。千年の孤独を。永遠の苦しみを。


「わからない。でも——」


鉄平は、踏みとどまった。


「お前のやっていることが間違っていることは、わかる」


——間違い?


「人々を殺し、文明を滅ぼすことが、正義だと思っているのか」


——正義ではない。復讐だ。我を怪物にした、この世界への復讐だ。


「復讐の果てに、何がある」


——何もない。何もなくていい。ただ、全てを終わらせる。それだけでいい。


鉄平は、その言葉に悲しみを感じた。


千年もの間、怒りと憎しみだけを糧に生き続けてきた存在。その孤独は、想像を絶するものだろう。


しかし——


「俺は、お前を止める」


——止められると思うか?


「思う」


鉄平は、断鉄剣を手に取った。


「お前は強い。神鋼そのものだ。でも、お前を作った技術と同じ技術で、俺はこの剣を作った」


——意味がわからぬな。


「お前の弱点は、お前自身が知っているはずだ」


鉄平は、ヴァルハイムの古い記録を思い出していた。


神鋼の研究。その中に、一つの記述があった。


『神鋼は完璧に近いが、一点だけ弱点がある。それは——』


「共鳴だ」


——何?


「お前の体は、神鋼でできている。しかし、神鋼は共鳴に弱い。外部から強力な共鳴を与えられると、結晶構造が不安定になる」


ヴァルハイムの目が、わずかに揺らいだ。


——どこでそれを……


「お前自身の記録だ」


鉄平はリーゼを見た。


「リーゼ、最大出力の共鳴を」


「……わかったわ」


リーゼは、断鉄剣に手を当てた。目を閉じ、全ての魔力を解放する。


共鳴。


青白い光が、剣から溢れ出した。その光は、周囲の全ての金属——断鉄剣だけでなく、鉄喰らいの体にも——響いていった。


——やめろ!


ヴァルハイムが叫んだ。その体が、微かに震えている。


——やめろ、やめろ!


「今だ!」


鉄平の叫びと同時に、シルヴァと隊員たちが一斉に攻撃を開始した。


共鳴によって不安定になったヴァルハイムの体に、断鉄剣の刃が食い込む。


——ぐおおおおお!


悲鳴と共に、黒い血が噴き出した。


「もっと深く!」


何度も何度も、剣が突き刺さる。ヴァルハイムは抵抗しようとしたが、共鳴の影響で動きが鈍っていた。


「リーゼ、持つか!」


「まだ……まだ行ける!」


リーゼは歯を食いしばり、共鳴を維持し続けた。しかし、その体は既に限界に近づいていた。


「あと少し!」


シルヴァが、渾身の一撃を放った。断鉄剣が、ヴァルハイムの胸を貫く。


——……


ヴァルハイムの動きが、止まった。


——そうか。


心話の声は、もはや怒りではなく、どこか穏やかだった。


——これで、終わりか。


「ヴァルハイム……」


鉄平は、崩れ落ちていく巨体を見つめた。


——鉄の者よ。


ヴァルハイムの目が、鉄平を見た。


——お前は、我と同じ道を歩むのか。それとも——


「同じ道は、歩まない」


鉄平は、はっきりと答えた。


「俺は、技術を独占しない。力を暴走させない。お前の過ちを、繰り返さない」


——そうか。


ヴァルハイムの口元が、かすかに動いた。


——ならば、お前が……この世界の製鉄を……次の段階へ……導け……


その言葉を最後に、ヴァルハイムの体は崩壊した。


黒い塵となって、風に散っていく。


千年の孤独を抱えた、古代の冶金学者。その魂が、ようやく解放された瞬間だった。

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