第十三章 勝利の代償

上位個体撃破の報は、瞬く間に前線全体に伝わった。


銀鋼の武器が、ついに鉄喰らいの上位個体を倒した——その知らせは、疲弊しきっていた兵士たちに、計り知れない希望を与えた。


「お前たちのおかげだ」


ヴェルナー将軍は、戻ってきた鉄平たちを迎えながら言った。


「この勝利は、戦局を変える可能性がある」


「まだ、一体倒しただけです」


鉄平は慎重に答えた。


「他にも上位個体はいるでしょうし、通常の鉄喰らいの大群も健在です」


「わかっている。だが、これまで『倒せない』と思われていた相手が倒せるとわかった。それだけで、兵士たちの士気は大きく上がる」


将軍は鉄平の肩を叩いた。


「量産を急いでくれ。銀鋼の武器があれば、この戦争を終わらせることができる」


「できる限りのことをします」


しかし鉄平の心は、晴れなかった。


上位個体の最後の言葉が、ずっと頭の中で響いていた。


「ねえ、大丈夫?」


リーゼが心配そうに訊いてきた。


「ああ、少し考え事をしていただけだ」


「上位個体が言ったこと?」


「……聞こえていたのか」


「共鳴している時、感じたの。あの鉄喰らいの、悲しみのようなものを」


リーゼは目を伏せた。


「あいつら、本当に元は人間だったのかな」


「わからない。でも——」


鉄平は、戦場の方を見つめた。


「もし本当だとしたら、俺たちがやっていることは——」


「元・人間を殺している、ということ?」


「……かもしれない」


重い沈黙が流れた。


「でも」


リーゼが言った。


「今を生きている人たちを守るために、戦わなきゃいけないでしょ。過去のことは、後で調べればいい」


「そうだな」


鉄平は頷いた。


「今は、目の前のことに集中しよう」


その夜、鉄平は眠れなかった。


陣地の外れにある見張り台に上り、暗い荒野を眺めていた。遠くで、篝火がいくつも燃えている。


「眠れないのか」


振り返ると、メルティアが立っていた。


「ああ。少し、頭がいっぱいで」


「上位個体の言葉のことか」


「聞いていたんですか」


「私にも、心話は届いていた。あれが真実だとすれば——」


メルティアは鉄平の隣に立った。


「鉄喰らいは、古代文明の負の遺産ということになる」


「古代の製鉄技術者が、何かの実験で暴走した。その結果、鉄喰らいになった。そういうことですか」


「可能性はある。古代の文献には、『神鋼』と呼ばれる究極の金属を求めた記録がある。その実験が、どこかで破滅的な結果を招いたのかもしれない」


「神鋼……」


「完璧な金属。あらゆる腐食に耐え、あらゆる力を持つ、究極の素材。古代の冶金学者たちが追い求めた、夢の物質だ」


鉄平は、その言葉を噛みしめた。


「完璧を求めて、怪物になった……」


「皮肉な話だな。彼らが作りたかったものと、彼らが最終的になったものは、正反対だ」


メルティアは空を見上げた。


「だが、これは我々にとって重要な教訓でもある」


「どういうことですか」


「技術には、限界がある。いや、限界を設けるべきだ。どこまで追求するか、どこで止まるか——それを判断できなければ、同じ過ちを繰り返す」


鉄平は頷いた。


榊原主幹の言葉が、また頭によみがえる。


——技術者にも、選ぶ権利はある。何を作り、何を作らないか。その選択を、決して他人に委ねるな。


「俺は、銀鋼を作りました。これは、正しかったんでしょうか」


「それは、お前自身が決めることだ」


メルティアは鉄平を見つめた。


「だが、一つ言えることがある。お前は、力を独占しようとしなかった。技術を共有し、協力して作り上げた。その姿勢は、古代の技術者たちとは違う」


「違う……」


「古代の記録によれば、神鋼の研究は、一人の天才冶金学者が主導していた。彼は自分の知識を誰とも共有せず、全てを独力で成し遂げようとした」


「それが、暴走の原因だったと?」


「おそらくな。一人で全てを抱え込めば、歯止めが効かなくなる。お前は、それを避けている」


メルティアは微笑んだ。


「だから、お前は大丈夫だと、私は思う」


「……ありがとうございます」


鉄平は、少しだけ心が軽くなった気がした。


「さあ、そろそろ休め。明日から、銀鋼の量産計画を練らなければならない」


「はい」


鉄平は見張り台を降り、自室に戻った。


しかし彼は知らなかった。


遠い北の地で、より強大な存在が動き始めていることを。


鉄喰らいの王——千年の眠りから目覚めた、古代の冶金学者の成れの果てが、人類に復讐を遂げるために。

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