第十一章 北方戦線

北への旅路は、厳しいものだった。


王都を出発して五日。馬車は荒れた街道を進み、景色は次第に荒涼としたものへと変わっていった。緑の草原は枯れた荒野に変わり、空気は冷たく乾いていく。


「この辺りはもう、鉄喰らいの影響を受けている地域だ」


護衛を率いる騎士隊長のグレン・ハーディが説明した。四十代半ばの歴戦の軍人で、顔には古傷がいくつも刻まれている。


「奴らが通った後は、土地そのものが死ぬ。植物は枯れ、水は濁り、金属は朽ちる」


「まるで、呪われた土地みたいね」


リーゼが窓の外を見つめながら言った。


「事実、呪いのようなものだ。鉄喰らいの腐食力は、生物にも影響を与える。長期間この地域にいると、人間も体調を崩す」


鉄平は、荒れた大地を観察していた。確かに、どこか不自然な荒廃だった。自然の風化とは違う、何か悪意のようなものを感じる。


「前線まで、あとどのくらいですか」


「明日の昼には着くだろう。だが——」


グレンの表情が曇った。


「状況は刻一刻と変化している。最新の報告では、鉄喰らいの大群が三方向から防衛線に押し寄せているとのことだ」


「三方向……」


「おそらく、過去最大規模の侵攻だ。通常の武器がほとんど通用しない相手に対して、我々は苦戦を強いられている」


メルティアが問いかけた。


「鉄喰らいを指揮している存在は、確認されているのか」


「上位個体と呼ばれる、大型で知性を持った鉄喰らいが数体確認されている。だが、それらを統率する存在——いわゆる『王』がいるかどうかは、わかっていない」


「王……」


鉄平は、その言葉を心に留めた。


もし鉄喰らいに王が存在するなら、それを倒すことで侵攻を止められるかもしれない。しかし同時に、それは極めて危険な存在だろう。


その夜、一行は街道沿いの小さな砦で休息を取った。


砦は半ば廃墟と化していた。かつては商人たちの宿場として賑わっていたのだろうが、今は守備兵が数人いるだけの、寂れた拠点だった。


「すみませんね、こんな場所で」


砦の指揮官——まだ二十代に見える若い士官——が謝った。


「まともな宿はもう、この辺りにはないんです。鉄喰らいの影響で、住民はほとんど避難してしまいました」


「構いません。休める場所があるだけでありがたい」


鉄平は簡素な部屋に荷物を下ろした。


窓の外には、暗い荒野が広がっている。遠くで、何か光るものが見えた。


「あれは……」


「篝火です」


若い士官が答えた。


「前線の兵士たちが焚いているんです。鉄喰らいは強い光を嫌うので、夜通し燃やし続けています」


「眠れないですね、それでは」


「ええ。でも、燃やすのをやめたら、その隙に襲われるかもしれない。だから、誰かが常に火の番をしているんです」


鉄平は、その光を見つめ続けた。


あの光の向こうで、多くの兵士たちが戦っている。通用しない武器を手に、それでも必死に防衛線を守ろうとしている。


「明日、銀鋼を届ける」


鉄平は呟いた。


「それが、どれだけ役に立つかわからない。でも、少しでも彼らを助けられれば——」


「きっと助けになるわ」


振り返ると、リーゼが立っていた。


「あんたが作った銀鋼は、本物よ。私も協力したから、わかる」


「ありがとう」


二人は並んで、窓の外を見つめた。


「怖い?」


リーゼが訊いた。


「正直、少し」


「私も。戦場なんて、初めてだもの」


「でも、逃げるわけにはいかない」


「うん。逃げない」


二人は顔を見合わせた。


「一緒に行こう」


「もちろん」


その夜、鉄平はなかなか眠れなかった。


遠くの篝火を見つめながら、明日からのことを考え続けていた。


翌日の昼過ぎ、一行は前線の司令部に到着した。


そこは、以前は城砦だったものを改修した大規模な陣地だった。厚い城壁に囲まれ、中には兵舎、武器庫、医療施設などが立ち並んでいる。


しかし、その雰囲気は暗かった。


負傷兵が次々と運び込まれてくる。彼らの多くは、金属製の武器が朽ちて、素手で戦うしかなかったために傷を負っていた。


「これが、現状か……」


鉄平は、その光景に胸を痛めた。


「遠征軍司令官、ヴェルナー将軍がお待ちです」


案内されて入った司令部には、白髪の老将軍が地図を前にして立っていた。


「来たか。銀鋼を持ってきたのはお前たちか」


「はい。試作品ですが、できるだけ多く持ってきました」


「見せてくれ」


鉄平は、持参した銀鋼の武器を広げた。剣が十本、槍の穂先が二十個、矢じりが百本。量産体制が整う前に作れた、限られた数だった。


将軍は銀鋼の剣を手に取り、その輝きを見つめた。


「これが本当に効くなら、状況は変わるかもしれん」


「実験では、鉄喰らいの腐食に対して、通常の百倍以上の耐性を示しました」


「百倍……」


将軍の目に、かすかな希望の光が宿った。


「今すぐ、最精鋭の部隊に配備する。明日の作戦で、実戦テストを行う」


「俺も、同行させてください」


「なんだと?」


「銀鋼が実戦でどう機能するか、確認したいのです。それに、もし問題があれば、現場で調整が必要かもしれない」


将軍はしばらく鉄平を見つめた。


「……いいだろう。ただし、護衛は必ずつけろ。お前が死んだら、銀鋼の量産計画も頓挫する」


「わかりました」


「私も行きます」


リーゼが前に出た。


「銀鋼の魔法的な維持には、私の能力が必要です」


将軍は眉をひそめた。


「女性が前線に出るのは——」


「私は鍛冶師です。武器のことは、私が一番わかっています」


リーゼの目には、強い意志が宿っていた。将軍は、それを見て黙り込んだ。


「……好きにしろ。ただし、死ぬなよ」


「死にません」


こうして、鉄平とリーゼは、翌日の作戦に参加することになった。


銀鋼の真価が試される、最初の実戦が近づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る