第十章 銀鋼の誕生
新しい合金は、「銀鋼(ぎんこう)」と名付けられた。
その名は、銀色の輝きと、鋼を超える強さを表している。そしてその名付け親は、意外なことにゴードン老人だった。
「この鉄は、普通の鉄でも、普通の鋼でもない。だから新しい名前が必要だ。銀のように輝き、鋼のように強い。だから、銀鋼だ」
老人の言葉に、誰も異論を唱えなかった。
火入れから三日後、メルティアの詳細な分析結果が出た。
「驚くべき特性を持っている」
エルフの魔法学者は、興奮を抑えきれない様子で報告した。
「通常の金属に比べて、結晶構造が極めて安定している。魔法的な攻撃——つまり、鉄喰らいの腐食能力——に対する耐性が、理論上は従来の数十倍になるはずだ」
「理論上、ですか」
エルヴィンが問いかけた。
「実際に試してみないと、確実なことは言えない」
「その実験は、可能ですか」
「可能だ。北の防衛線で、捕獲された鉄喰らいの個体がいくつか保管されている。それを使えば——」
「手配しよう」
エルヴィンは即座に決断した。
「できるだけ早く、銀鋼の実戦テストを行いたい」
一週間後、実験が行われた。
場所は、王城の地下にある特別な実験室。厚い魔法障壁で囲まれた空間に、鉄喰らいの捕獲個体が持ち込まれた。
鉄喰らいは、想像していたよりも小さかった。体長は一メートルほど。黒い体表は金属質の光沢を持ち、赤い目が不気味に輝いている。魔法の鎖で拘束されているが、なお暴れ続けていた。
「これが、鉄喰らいか」
鉄平は、初めて実物を目にした。村で聞いた話や、腐食した金属の残骸からは想像できなかった、生々しい存在感があった。
「これでも小型の個体だ」
実験を監督する王国軍の将校が説明した。
「大型のものは、体長三メートルを超える。群れで襲ってくれば、一個小隊が全滅することもある」
「では、始めましょう」
メルティアが合図した。
まず、通常の鉄剣が鉄喰らいの近くに置かれた。
効果は即座に現れた。剣の表面に、黒い錆のような斑点が浮かび始める。それは見る見る広がり、数秒後には、剣は原形を留めないほど腐食していた。
「次は、銀鋼だ」
鉄平が作った銀鋼の試験片が、同じように鉄喰らいの近くに置かれた。
全員が、固唾を呑んで見守る。
五秒。十秒。三十秒。
銀鋼の表面は、わずかに曇っただけだった。
一分。二分。三分。
依然として、大きな変化は見られない。
「信じられない」
将校が呻いた。
「通常の鉄なら、とっくに崩壊しているはずだ」
五分が経過した時点で、実験は終了した。
「銀鋼の腐食は、通常の鉄の百分の一以下だ」
メルティアが結論を述べた。
「完全に無効化できるわけではないが、戦闘中に武器が使い物にならなくなることは防げる」
「これなら——戦える」
将校の声は、震えていた。
「ようやく、鉄喰らいと対等に戦える武器が手に入った」
歓喜の声が、実験室に響いた。
しかし、鉄平は複雑な表情を浮かべていた。リーゼがそれに気づいた。
「どうしたの?」
「いや……うまくいったのは、嬉しいんだ。でも——」
鉄平は拘束された鉄喰らいを見つめた。
「これで、多くの命が救われるかもしれない。でも同時に、多くの命を奪う武器も生まれた」
リーゼは、鉄平の言葉の意味を理解しようとした。
「それは……いいことじゃないの? 鉄喰らいを倒せるようになるんでしょ?」
「そうだ。でも——」
鉄平は目を閉じた。榊原主幹の言葉が、脳裏によみがえる。
——鉄は道具だ。使う人間次第で、良くも悪くもなる。
「俺が作った技術が、本当に良いことにだけ使われるのか。それを、誰が保証できる?」
リーゼは答えられなかった。
メルティアが、二人の会話を聞いていた。
「お前の懸念は、正しい」
エルフの魔法学者は、静かに言った。
「古代文明が滅んだのも、技術の暴走が原因の一つだった。力は、常に責任を伴う」
「では、どうすれば——」
「それを決めるのは、お前自身だ。しかし、一つ言えることがある」
メルティアは鉄平を見つめた。
「お前は、この技術を独り占めにしなかった。多くの人と知識を共有し、協力して成し遂げた。その姿勢を続ければ、技術が暴走する可能性は減る」
「技術は、共有することで制御される……?」
「そうだ。一人の人間や一つの組織が独占すれば、歯止めが効かなくなる。しかし、多くの人が関われば、互いに監視し合い、修正し合うことができる」
鉄平は、その言葉を噛みしめた。
確かに、この銀鋼は、一人では作れなかった。リーゼの共鳴能力、メルティアの魔法知識、ゴードンの経験、カタリナの設備、そして多くの職人たちの技術——全てが合わさって、初めて実現した。
「……そうだな」
鉄平は頷いた。
「これからも、この技術は皆で育てていく。独占しない。隠さない」
「その約束、忘れないでね」
リーゼが言った。
「私も、見張ってるから」
「ああ。頼むよ」
二人は、かすかに笑い合った。
その時、実験室の扉が開いた。
「緊急報告です!」
王国軍の伝令が駆け込んできた。
「北の防衛線で、大規模な戦闘が始まりました! 鉄喰らいの大群が、侵攻を開始したそうです!」
部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。
「予想より早いな」
将校が歯噛みした。
「まだ銀鋼の武器は、試作段階だ。量産には時間がかかる」
「間に合わないのか」
エルヴィンの声は、切迫していた。
「今、前線で戦っている兵士たちには、通常の武器しかない。このままでは——」
鉄平は、決断した。
「俺が行きます」
「何?」
「前線に、銀鋼の武器を届けます。試作品だけでも、あるだけ持っていけば、何かの助けになるはずだ」
「しかし、危険すぎる」
「構いません。この技術を作った責任があります。自分の目で、それがどう使われるか見届けたい」
リーゼが立ち上がった。
「私も行くわ」
「リーゼ——」
「私が行かなきゃ、銀鋼の維持ができないでしょ。魔法的な調整が必要なら、私がやる」
メルティアも頷いた。
「私も同行しよう。前線での実戦データは、今後の改良に不可欠だ」
エルヴィンは三人を見つめた。
「……わかった。護衛を付けて、すぐに出発してくれ」
こうして、鉄平たちは北の前線へと向かうことになった。
銀鋼の真価が問われる、最初の戦いが始まろうとしていた。
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