第七章 銀輝石の秘密

銀輝石の分析を始めるにあたり、鉄平はまず基本的な性質を調べることにした。


ギルドの工房の一角を借り、様々な実験を行う。硬度、融点、他の金属との反応——できる限りのデータを集める。


「これ、本当に何かの役に立つの?」


リーゼが、鉄平の作業を覗き込みながら訊いた。


「まだわかりません。でも、可能性はあります」


鉄平は銀輝石を炉に入れ、徐々に温度を上げていった。


「俺の世界のクロム鉱石は、鉄と混ぜて高温で処理すると、合金を作ります。その合金は、普通の鉄よりも錆びにくくなる」


「なぜ?」


「表面に、酸化クロムの薄い膜ができるんです。この膜が、内部の鉄を守る。だから、腐食に強くなる」


「酸化……?」


「金属が空気中の酸素と結びつくことです。錆も酸化の一種ですが、クロムの酸化膜は錆と違って、緻密で安定しているんです」


リーゼは首を傾げた。


「難しくて、よくわからないわ」


「すみません。要は、この石を鉄に混ぜると、錆びにくくなるかもしれない、ということです」


「鉄喰らいの腐食にも、効くの?」


「それはまだわかりません。でも、試す価値はあると思います」


鉄平は炉の温度を確認した。銀輝石は、予想以上に高い融点を持っているようだった。通常の炉では、完全に溶かすことができないかもしれない。


「もっと高い温度が必要だな……」


「ふいごを強くすれば?」


「限界があります。炉自体の構造を変えないと」


鉄平は考え込んだ。高炉。その言葉が頭をよぎる。


製鉄所の高炉は、送風と炉内のガス流を巧みに制御することで、極めて高い温度を達成していた。しかし、その規模を再現するには、膨大な資源と時間が必要だ。


もっと小規模で、しかし十分な高温を得られる方法はないか——


「テッペイ」


マーレンの声が聞こえた。振り返ると、彼女が工房の入口に立っていた。王都に来てからも、通訳と助言者として鉄平に同行してくれている。


「カタリナさんが、会いたいそうよ。何か見せたいものがあるって」


「わかりました。行きましょう」


カタリナの私室は、ギルド本部の最上階にあった。


「入れ」


ノックに応じて入室すると、カタリナは窓辺に立っていた。手には、古びた巻物を持っている。


「これを見てくれ」


巻物を広げると、そこには複雑な図面が描かれていた。炉の設計図のようだ。しかし、鉄平がこれまで見たどの炉とも違う形状をしていた。


「これは……」


「古代の文献から写し取ったものだ。我々のギルドには、古い時代の技術を記録した書物が保管されている。その多くは、もはや解読できない。だが、この図面だけは——」


カタリナは図面の一点を指さした。


「ここ、『高く聳える炉』と記されている。お前が村の老人から聞いたという、あの言葉と同じだ」


鉄平は図面を仔細に観察した。


確かに高炉に似ている。円筒形の炉体。底部に設けられた羽口(送風口)。頂部から原料を投入する構造——


しかし、いくつかの点が、地球の高炉とは異なっていた。


炉の側面に描かれた、謎の紋様。そして、その紋様から伸びる光の筋のような描写。


「この紋様は、何ですか」


「それが、わからないのだ。文献には、『力を与える刻印』としか記されていない。おそらく、古代の魔法技術に関係しているのだろうが——」


魔法。


鉄平の脳裏に、閃きが走った。


「カタリナさん。この世界の魔法は、物質に作用できますか? 例えば、温度を上げるとか」


「もちろんだ。火魔法は、最も基本的な魔法の一つだ」


「では、金属の構造を変えることは? 原子——いや、最も小さな粒の並び方を操作するようなことは?」


カタリナは首を傾げた。


「聞いたことがないな。魔法で金属の性質を変えるという話は——いや、待て」


彼女は何かを思い出したように眉をひそめた。


「昔、一度だけ聞いたことがある。金属魔法と呼ばれる分野があると。だが、それは失われた技術だ。使える者は、この王国にはいない」


「誰か、その知識を持っている人は?」


「一人だけ、心当たりがある」


カタリナは窓の外を見つめた。


「西の森に住む、エルフの魔法学者。彼女は、古代の魔法を研究していると聞く。名前は——メルティア・シルヴァーンといったか」


「会えますか?」


「エルフは人間を好まない。特に、見知らぬ人間には警戒心が強い。だが——」


カタリナはリーゼを見た。


「フォルジア家の血を引く者なら、あるいは」


「私が?」


リーゼが目を瞬いた。


「どういうことですか?」


「我々フォルジア家は、代々鍛冶師の家系だ。そして、その血筋は——かつて、エルフと深い関わりがあったと伝えられている」


「知らなかった……」


「お前の父、アルドは、そういう昔話を語りたがらなかった。家を出た理由の一つは、そこにあるのかもしれんが」


カタリナは深い息をついた。


「とにかく、メルティアに会いたいなら、リーゼが同行するのがいいだろう。私も紹介状を書こう」


「ありがとうございます」


鉄平は頭を下げた。


「一つ、お聞きしていいですか」


「何だ」


「なぜ、ここまで協力してくださるんですか。俺はよそ者で、証明されていない技術を持ち込もうとしているだけなのに」


カタリナは、しばらく黙っていた。やがて、静かに口を開いた。


「弟を、失ったからだ」


「……アルドさん?」


「アルドは、鉄喰らいと戦って死んだ。守れもしない村を、守ろうとして。もし、あの時——」


カタリナの声が、わずかに震えた。


「もし、鉄喰らいに効く武器があったなら。アルドは死なずに済んだかもしれない」


沈黙が流れた。リーゼが、何かを言おうとして、声が出なかった。


「私は、二度と同じ後悔をしたくない。だから、可能性があるなら、何でも試す。それがたとえ、よそ者の異界人が持ち込んだ突飛な考えであっても、だ」


カタリナは鉄平を真っ直ぐに見つめた。


「お前は本気だ。その目を見ればわかる。だから、私も本気で協力する」


「……ありがとうございます」


鉄平は深く頭を下げた。


「必ず、結果を出します」


「期待している」


カタリナは、初めて柔らかい笑みを見せた。


「さあ、準備をしろ。メルティアの所へは、馬で三日ほどかかる。リーゼ、お前も一緒に行くんだ」


「はい」


リーゼは頷いた。その目には、複雑な感情が渦巻いていた。


父の死。未知の親戚。そして、自分の血筋に秘められた過去。


全てが、この旅の中で明らかになっていくのかもしれない。

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