第2話 なぜ俺は、ここで料理をしているのか
夏希がやってきた翌日の放課後。
家庭科室には、今日も俺一人だった。
火にかけた鍋の中で、水が静かに揺れる。
タイマーをセットしながら、俺は少しだけ時計を気にした。
運動部の練習が終わる時間だ。
……いや、別にアイツを待っているわけじゃない。ただ昨日、約束した感じになったからだ。だから気になるだけだ。
チラリと窓から外を見ると夏希が先輩達に頭を下げているのが見えた。運動部はあれが大変だと思うが、社会人としては必須スキルだろうな。
「料理部が作れて助かったな」
文化部で、それも1人で居られるのは気が楽だ。
俺が料理部に入っているのは、料理が好きだからというより、都合がいいからだ。
『悪いな悠斗、父さん金稼いでくるわ!』
何事にも豪快で大雑把な父親は、今、中国に単身赴任している。
『ごめんねゆうちゃん、でもお母さん仕事もお家の事も頑張るから!』
母親は頼まれると断れない人で、今は三交代制の工場で働いていて、夜勤と午後勤の日は家にいないような物だった。
『別に問題ないよ。高校生になったんだし、多少の事は自分でするよ』
そう言ってしまう俺の性格は母に似たんだろうか。そんな理由で家に帰っても、夕飯は自分で何とかしなきゃいけない日が多かった。
「脇阪、部活は決まんないのか?中学は陸上やってたんだろ?」
ある日、部活動を決めないままのらりくらりと過ごしていた時に、担任に捕まった。
あるあるな話だが、陸上部に入ったのは、中学だけはちゃんと運動部に入っておけと親から言われたから、入っていただけだ。
「ええ……俺家で飯作んないといけませんし……」
嘘は言っていない、俺は毎日忙しいんですよ先生。
「あー、そうか家庭が少しややこしいんだったかぁ」
分かってくれますか先生!
「だったら、学校で作った方が楽じゃないか?」
「………はい?」
これが、俺が創設させられた料理部という部活だ。
結果、部員は俺一人。
顧問は担任、俺が自分の飯を作っているのを知っていて、黙認している。「部活動としての報告だ!」という理由でよく作った食事を食べにくる。
この家庭科室は、俺にとって「部室」よりも「台所」だった。
ガラッ、とドアが開く。
「……お疲れ」
夏希が、少し息を切らして入ってきた。
「お疲れ」
それだけで、二人の会話は終わる。無言で歩いてきた夏希がストン、と近くの席につく。フワリと香った匂いは汗の匂いとは思えなか……俺は慌てて考えるのを辞めた。
「今日は何?」
昨日の今日でまさか催促の言葉が出るとは……意外と食いしん坊なのか?
「水炊き」
「……えっと、うん。昨日美味しかったよね」
今人間性が見えたな。……いや普通か。いくらなんでも2日同じ鍋はないだろう。
「……のスープですが、これにかえしを使います」
「かえし?」
夏希は少しだけ首を傾げる。まぁ知らない事もあるか。女性はあまりラーメンとかに興味ないだろうし。
「ラーメン嫌いかねお客様」
「……嫌いじゃない」
「それは良かった」
まあ一応、昔カップラーメンを食べていた記憶があったので、大丈夫だとは思っていたが。こう考えると他人に料理を振る舞う難しさを感じる。
ラーメン鉢にかえしを入れ、その中に昨日別で作っておいた水炊きスープを入れる。そこに別鍋で茹でた麺、鶏チャーシュー、ネギを乗せたら完成だ。
「すご……お店みたい」
「そりゃどうも」
淡々とこなす様を見てか、夏希は少し驚いた様子だった。箸を渡すとしっかりと「いただきます」と言ってから食べ進める。箸を使って少しずつだが、同級生に見られながら食べるのは恥ずかしいのだろう。
「家で、作らないの?」
夏希が箸を止め、ふいに聞いてきた。今俺がここにいるのが自分のせいだと思ってるんだろう。
「……母さん、今日も夜勤」
「……そっか」
それだけで、話は終わる。伝わってしまう。親の仲が良いって言うのはそういう物だ。本人達が知らない所で要らない情報も流れてくる。
そしてたぶん、分かっているのだと思う。
俺も、俺の家族もあまり家にいない人間だということを。
同じ食事を食べながら、俺は思う。
夏希は、母親がいなくなって、
俺は、殆ど父親と母親がいなくて。
だから、こうしてここにいる。
……ただの偶然のはずなのに、
そう思ってしまう自分が、少しだけおかしく感じた。
「替え玉いる?」
「……お願いします」
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