エルツの日記

あきのななぐさ

第1話 過去との邂逅

 各国の政情が未だ定まらぬ中、それでも結婚に向けた準備だけは、着実に進められていた。

 様々な思いが絡み合う中、花嫁であるハーフエルフのシエルの部屋の前にある転移門が、その来訪を告げていた。ゆっくりと部屋の扉をあけ、その来訪者である老魔術師デルバーを迎え入れるシエル。


 その許可をもらい、デルバーはその部屋に足を踏み入れていた。


 無断で入る者を拒む廊下を抜け、大きな応接間に通されるデルバー。いつもなら、慣れた足取りで、自分用として用意されている椅子に腰かけるデルバーだが、この日だけは応接間の入り口で立ち止まっていた。


 怪訝な様子で、シエルはその姿を見つめる。 


 だが、そんな様子を気にかけた様子もなく、デルバーはどこからともなく取り出した一冊の本を、シエルに向けて差し出していた。


 その本を受け取るために近づくシエル。


 だが、その様子にほんの一瞬デルバーは自分の方に本を引き寄せた後、ゆっくりと再びシエルに向けて差し出していた。


「これは日記じゃ。偶然見つけたものじゃが、紛れもなく――」

 そこでいったん言葉を止めたデルバー。だが、大きく頷いた後、しっかりとその言葉を繋げていた。


「お主の父が、お主の父であった頃の日記じゃよ。あの時の……、あの時の悲劇が、起きる前のことが書かれておる」

 目を細め、顔をしかめるデルバー。その顔をじっくりと見て、シエルはその手に日記を受け取っていた。その古びた表紙には、守りの呪文の痕跡があった。だが、今はその効果はない。


 無言の抗議をその瞳に宿すシエル。だが、それをまっすぐに受け止めて、デルバーは話を続けていた。


「儂が貸し与えた魔術書の中に紛れておったようでの、悪いが確認させてもらったわい。儂の目にも見えなんだ、防げなかった過ちを繰り返さぬように……」

 その言葉には、後悔の念があるのだろう。しかし、シエルが力なく告げたデルバーの言葉を聞いていたのかはわからない。ただ、用件がそれだけだと察したシエルは、その応接室の奥にある自分の部屋に繋がる扉へと足早に向かっていく。


「これ、待たんか。ヒメル」

 慌てて呼び止めたデルバーの声を聞き、シエルは一言「なに?」とだけ告げて振り返っていた。


「そんな顔、花嫁がするものではないかの」

 半ば諦めたようなデルバーのその一言で、デルバーにしっかりと向き合うシエル。それと共に、全身で『早くして』と訴えかけている。


「わかった。ただ、一つだけ教えて欲しいのじゃ。お主、お主の居場所はみつかったのじゃな?」

「んっ」

 デルバーの問いかけに、間髪入れずに短く答えたシエルは、それ以上の話は無用とばかりに、その扉の奥へと消えていく。


「それは……、どっちなのじゃ」

 諦めたかのように小さくため息をつくデルバーだったが、その顔は少し安堵したかのようだった。

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