第2話:魔王の論理と、少女の証明

 静けさが、廃墟の街を支配した。

 俺の喉から漏れ出た「生身の声」は、期待していた再会の喜びを運んではこなかった。

 目の前に立つエリスの表情が、一瞬で凍りつき、次の瞬間には燃え上がるような憎悪へと変色していく。


「その声で……お前のような悪魔が、カイトの声で、私の名前を呼ぶな……ッ!」


 叫びとともに放たれたのは、殺意の塊だった。

 彼女が手にする振動剣が、高周波のうなりを上げて俺の首筋を狙う。


 ゼギオンという「機械の魔王」の反射速度は、彼女の渾身の一撃を、まるで止まっているかのように捉えていた。

 俺はわずかに首をかしげ、その刃を回避する。

 足元のコンクリートが、剣の余波だけで粉々に砕け散った。


「待て、エリス。俺だ。信じられないかもしれないが、俺はあの村の――」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!!」


 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 その瞳の奥にある絶望の正体を、ゼギオンのデータベースが非情に提示する。


[ 履歴照会:10年前の事象 ]

人類側個体『エリス』、ネメシス哨戒部隊に捕捉される。

個体『カイト』、自らを囮にして対象を逃走させることに成功。

結果:個体『カイト』、機械槍により心臓を貫通。死亡を確認。


 なるほど。この世界のエリスにとって、カイトという存在は聖域なのだ。

 自分の命と引き換えに彼女を救った、汚してはならない英雄。

 それを騙る目の前の黒い鉄塊は、彼女にとって死者への冒涜以外の何物でもない。

 俺の「真実」は、彼女にとっては「最悪の嘘」でしかないのだ。


「……カイトは死んだんだ。私の目の前で、冷たくなったんだよ! それを、そんな、お前みたいな化け物の姿で……ッ!」


 彼女が再び剣を構える。その指先は小刻みに震えていた。

 憎しみと、拭いきれない過去の罪悪感が彼女を苛んでいる。

 俺は言葉を失った。

 救いたいと願った手が、彼女を最も深く傷つける武器になっている皮肉。


 その時、視界が真っ赤なノイズに染まった。


[ Warning ]

ユーザーの精神波に異常なセンチメントを検知。

論理回路の安定性が低下しています。

対抗措置:強制的な情緒遮断【マインド・クリーンアップ】を実行します。


 熱い。

 脳髄に直接、氷のような冷徹なプログラムが流し込まれる。

 エリスへの想い、焦燥、痛みを「不要なデータ」として消去しようとするゼギオンの防衛本能だ。

 意識が急速に遠のき、世界が白黒の無機質なデータへと還元されていく。


「ふざけるな……ッ、機械ごときが、俺の心に触れるな!!」


 俺は意識の深層で、己の「技師としての魂」を剥き出しにした。

 この魔王の肉体が最強の演算装置だというのなら、攻略できないコードなど存在しない。

 俺はゼギオンの制御コードを逆流し、膨大な文字列の海をハッキングする。

 目指すは、開発者がデバッグ用に残したはずの予約領域だ。


「見つけた……ッ!」


 深層レイヤーの片隅。

 管理AIさえも感知できないバックドアを強制的に開示し、そこに俺の意識を固定する。

 感情抑制プログラムの信号を、この「隙間」へ逃がす。

 思考の主導権を、システムから奪い返した。


[ Error ]

管理権限の不一致を確認。……処理をスキップ。

暫定的なユーザー権限を継続します。


 視界のノイズが晴れる。

 だが、安堵する暇はなかった。

 ゼギオンの外部センサーが、天空からの「新たな脅威」を捉えたからだ。


 不気味なほどの静寂とともに、雲を裂いて降りてきたのは、巨大な「黒い十字架」だった。

 全長十メートルを超える、歪な形状の質量兵器。

 それが合計四基。

 戦場を取り囲むように、廃墟の四方に突き刺さった。


「あれ、は……」


 エリスの仲間たちが、絶望に顔を歪める。

 彼らが恐れるのは、機械兵などではない。

 ネメシスの中枢が、ゼギオンの異常を検知して送り込んだ、対魔王用処刑ユニット『デリーター』だ。


「ゼギオンの不具合……そして、目撃者の消去か」


 デリーターの表面が展開し、無数のノズルから紫色の霧が噴射される。

 それは目に見える毒ではない。

 大気中のマナを強制的に分解し、有機物を原子レベルで崩壊させる「ナノマシン雲」だ。


「がはっ……、息が……」

「リーダー、逃げて……これに触れたら、身体が……!」


 エリスの仲間たちが、苦悶の声を上げながら膝をつく。

 銀髪を揺らし、エリス自身もまた、その霧の中で意識を失いかけていた。

 彼女の防護服が、じりじりと音を立てて分解され、肌が赤く焼けていく。


「……また、守れないのか。私は……」


 エリスが力なく剣を握りしめる。

 その瞳には、10年前と同じ、無力な自分への絶望が宿っていた。

 死を覚悟した彼女の姿が、俺の逆鱗に触れた。


「――演算開始(スタート・アップ)」


 俺は機械音声のボリュームを最大まで引き上げた。

 デリーターが展開する崩壊霧。

 そのナノマシンが放つ特有の振動周波数を、ゼギオンの索敵センサーでミリ秒単位で解析する。

 技師にとって、未知の兵器は恐怖の対象ではない。

 ただの、解くべき複雑な数式だ。


[ Analysis Complete ]

敵機:位相装甲の同期サイクルを特定。

弱点座標:十字中央、第3排熱スリット。

推奨術式:アビス出力120%。一点集中透過射撃。


「そこか」


 俺は右手を、最も近くにあるデリーターへ向けた。

 漆黒の装甲がスライドし、掌から眩いばかりの青白い放電が立ち昇る。

 対消滅炉「アビス」が咆哮を上げ、周囲の空間が質量に耐えきれず歪んでいく。


 一歩、踏み出す。

 その衝撃で、デリーターが放つ崩壊霧が物理的に押し戻された。

 エリスが驚愕に目を見開く中、俺は「実行」の引き金を引く。


 光条が、奔った。

 ただのレーザーではない。

 位相装甲の隙間を縫い、ナノマシンの網目を潜り抜ける、針の穴を通すような精密射撃。

 俺がエンジニアとして培った「最適解を導き出す知能」と、魔王の「暴力的な出力」が融合した瞬間だった。


 一撃。

 デリーターの中央核が、内部から爆発的に融解する。

 続いて俺は、残る三基の座標を、視線の動きだけでロックオンした。


「全機、シャットダウンしろ」


 無造作に振るった腕から、三条の稲妻が放たれる。

 空を裂き、鉄を焼き切り、デリーターという名の死神は、ただの鉄の塊へと成り果てた。

 戦場を覆っていた紫の霧が、主を失って霧散していく。


 静寂が、再び戻る。

 エリスたちは、茫然と立ち尽くしていた。

 ネメシス最強の処刑部隊を、瞬きする間に塵に変えた怪物。

 その背中を、彼女たちは震えながら見つめるしかない。


 俺はゆっくりと振り返った。

 エリスとの距離は、わずか五メートル。


 俺はあえて、ボイスチェンジャーを冷徹な機械モードに固定した。

 今の彼女に、俺の正体を押し付けるのは逆効果だ。

 まずは、彼女を「生かす」ための論理を構築しなければならない。


「……どうして、私たちを助けたの」


 エリスが、掠れた声で問いかける。

 彼女の瞳には、依然として消えない不信感と、それ以上の困惑が渦巻いていた。


「助けたのではない。俺のシステムを乱す不純物を排除したに過ぎない」


 俺はあえて、突き放すような言葉を選んだ。


「俺が何者であるかは、お前にとって重要ではないはずだ。重要なのは、俺という個体がネメシスという共通の敵を排除するスペックを持っているという事実だ」


 一歩、彼女に近づく。

 エリスの仲間たちが武器を構えようとするが、俺が放つ重圧だけで、彼らは石像のように硬直した。


「お前たちがネメシスを壊したいのなら、この身体を利用しろ。俺はお前たちの復讐の道具になってやる」


 これは契約だ。

 感情を排した、論理的な共闘。


 エリスは唇を噛み締め、悔しそうに俺を睨みつけた。

 それでも、彼女はこの絶望的な状況を打破できる唯一のカードが、目の前の「魔王」であることを理解していた。


「……わかった。ネメシスを落とすために必要な力なら、私は魂だって売ってあげる」


 エリスが、振動剣を地面に捨てた。

 それは彼女が、カイトへの執着を一時的に封印し、冷酷な「反抗軍のリーダー」として生きる決意を固めた瞬間だった。


 歪な協力関係。

 だが、これでいい。

 彼女が生き延びるためなら、俺はいくらでも悪魔を演じてやる。


 俺は心の中で自嘲し、ゼギオンの機体状況をチェックした。

 その時だ。


 視界の隅。

 システムログの深い階層で、本来ならば、この並行世界では届くはずのない通信プロトコルが点滅した。


[ Incoming External Signal... ]

プロトコル:事象波通信(ホーム・セクターより)

暗号化:カイト専用・個人コード


 心臓が――物理的なポンプである魔王のコアが、激しく脈打った。

 俺は周囲に悟られないよう、その暗号を展開する。

 脳に流れ込んできたのは、ノイズにまみれた、あまりにも聞き慣れた少女の声だった。


『……カイト……聞こえる……? お願い……返事をして……』


 息が止まる。

 それは、元の世界で、俺の目の前でメネシスの「資源」として消えたエリスの声だった。


『私は、まだ……死んでないよ……。暗い場所で……ずっと、待って……』


 そこで信号は途絶えた。

 通信元を特定しようとしたが、ログは蜃気楼のように消えてしまう。


「あっちの……俺のいた世界のエリスは、まだ、生きているのか?」


 衝撃が、俺の思考を真っ白に染め上げた。

 目の前にいる「別のエリス」。

 そして、元の世界で俺を待っている「あっちのエリス」。


 二人のエリス。二つの世界。

 そのすべてを救い、このクソッタレな世界のシステムを完全に上書きするための鍵は、やはりこの「魔王の身体」に隠されている。


 俺は拳を強く握りしめた。

 漆黒の装甲から火花が散る。


「……エリス。どちらのお前も、必ず俺が救い出してやる」


 機械の魔王は、鉄の仮面の下で誓いを刻んだ。



(完)


――

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魔王の身体をフル・オーバーライド――殺された幼馴染を救うため、無力な技師が並行世界の神を乗っ取る いぬがみとうま @tomainugami

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