2.消えたパパ


 午後七時半。

 ミラとママは、ダイニングのテーブルでパパの帰りを待っていた。

「パパ、ちょっと帰りがおそいわね。お仕事が長びいてるのかしら」

 ママは時計を見ながら、心配そうにつぶやいた。

「さあ。パパの携帯に電話すれば? おそくなるなら、さきに食べちゃおうよ」

 ミラはぺこぺこにすいたお腹をかかえていった。

「そうねえ。でも、お仕事でおくれるなら、パパから電話があるはずなのに、ヘンね」

 ママはアドレス帳を見ながら、パパの携帯に電話していたが、しばらくすると、がっかりしたため息をついた。

「パパがでないわ。どうしよう」

「ママ、番号押しまちがえてない? ちょっと待ってて」

 ミラは子ども部屋にいき、通学用に持たされている携帯電話を持ちだした。そして、廊下を歩きながら、登録されたパパの番号にかけてみた。


『おかけになった電話番号は、電波のとどかない場所にあるか、電源が入っていないため、かかりません』


 丁寧なような無礼なような機械音声が、電話口からきこえてくる。

(パパ、帰りの車の中かな? 何時に会社をでたんだろう?)

 ミラはそう思ったので、もうひとつ登録されているパパの会社にも電話をかけてみた。

「はい、こちらK新聞社記者室。田中です」

 こたえた電話のむこうからは、ガヤガヤと大勢の人の声がきこえてきた。

「あ。すみません。安堂弘樹ひろき、いますか。わたしは、娘の安堂ミラです」

「安堂弘樹?……ああ、安堂ならとっくに辞めたよ。リストラってやつさ」

「えええええええっ!」

 ミラは絶叫していた。

「ミラ、どうしたの!?」

 真っ青になったママが、ちょうどリビングにもどってきたミラに、かけよってくる。

 どうしよう。

 こまった。

 こんな話、ママがきいたら、きっと卒倒してしまう。

 なにしろ、オーブンがこわれただけで三日も寝こんだママなのだ。愛するパパに変事があったら、どうなってしまうかわからない。

 そう思ったとき、ミラの手は、迷わず電話をきっていた。

「なんでもないよ。今、会社に電話をかけたら、パパはなんかの取材中みたいで、取材先から家にもどるってさ」

 ミラはあわてて、適当なうそをついた。

「……そうなの?」

「うんうん。そうそう」

「それならいいけど。じゃあ、ミラはさきに夕食にしなさい。ママはパパの帰りを待つわ」

「んー。わたしは食べるけど、ママもいっしょに食べようよ」

「ママはいいのよ。大人だもの、我慢できるわ。それにね、『わたしたちはなるべく夫婦でいっしょにごはんを食べようね』って、結婚するとき、パパと約束したから」

 ママは思わぬほど頑固な調子でこたえた。

 どうやら、説得はできそうにない。

 ミラは夕食を食べながら考えた。

(やっぱり、きのう、山稜公園で見かけたのはパパだったんだ)

(パパは会社を辞めて、どこにいったんだろう……)

 ぐるぐると考えてみたが、答えはみつからない。

 ミラの食事がおわっても、まだパパは帰ってこなかった。

 ママはおちつきなく、テーブルをふいたり、お茶を何度もいれたりしている。

「ママ、パパが帰ってくるまで、ゲーム対戦しない?」

「いいわよ。ミラを負かしちゃうわよ」

 そう元気にいいかえしたママだったが、ママができるゲームと言えば、簡単なシューティングゲームかテトリスくらいなものだ。ミラはテトリスをえらんだ。

 二人でリビングのソファーにならんですわり、ゲーム用のコントローラをかまえた。

 ゲームは時間を忘れさせてくれる。とくに対戦相手がいると熱くなってくる。悔しがったり喜んだりしながら二人は疲れてしまうまでゲームをしていた。

 どちらともなくゲームをやめてチャンネルを替えると、テレビ画面はニュース番組に切りかわった。時刻はすでに十時半だ。

 ニュース番組では、悲惨な交通事故現場が大写しになっていた。

「ねぇ、パパったら、もしかして、事故にでもあったのかしら?」

 ママはおろおろとつぶやいた。

「なにかあったなら、警察から連絡がくるよ。きっと仕事が長びいているだけよ。こんな番組、替えちゃおう」

 ミラがチャンネルを替えると、ママが大好きな占いの番組になった。

 ママはしばらくテレビに熱中しているようだった。

 だけど、占いの相談者がわんわんと泣きだし、「夫が浮気をして、突然、家に帰ってこなくなったんです」とうったえたとき、ママの顔色が、さっと青ざめた。

「まさか……まさか、浮気なんてないわよね。でも、パパって、ハンサムだし……」

 ママは不安そうに、ミラを見た。

「まさかでしょ! パパがママ以外の女の人を好きになんて、なるわけないじゃない」

 ミラは大声でこたえた。

 そう言いながら、ミラの脳裏には、山稜公園で見かけたパパの後ろ姿が、何度もよみがえった。

 パパはなにかを隠してる。

 わたしにもママにもいえないようなことをかくしてる。

 言えないことってなんだろう?

 まさか浮気とか、ギャンブルとか……。

 悪い予感があたらないことを祈りながら、パパのいない夜はふけていった。


 翌朝のママは悲惨だった。

 どうやら一睡もしていなかったらしく、真っ赤な目をして、足取りはふらふらだった。そわそわとおちつかない様子で、玄関の方向と、電話機とを交互に見くらべていた。パパの帰りと、パパからの連絡を、いまかいまかと待っているにちがいない。

 食卓にならんでいるメニューはいつもどおりだったけれど、ミラのヨーグルトには砂糖が入りすぎていたし、ベーコンエッグは塩からすぎて食べられたものじゃなかった。

 そして、ママはコーヒーをちょっと飲んだだけで、やっぱり朝ごはんを食べなかった。

 ――このままじゃ、ママが死んでしまう。

 そう考えたミラは、ひとつの決心をした。

 パパの秘密をあばく決心を!

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2026年1月12日 19:00
2026年1月13日 19:00
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こちら妖怪新聞社! 藤木稟 @FUJIKI_RIN

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