第4話究極の所有
健斗の叫び声も、激しいドアの音も、やがて潮が引くように消えていった。
部屋に残されたのは、耳が痛くなるほどの静寂と、繭が焚いた甘い香の匂いだけだ。
圭は冷たい床に横たわっていた。お茶による麻痺か、あるいは絶望による脱力か、もはや指一本動かすことさえ叶わない。視界の端で、繭が静かに、祈りを捧げるような足取りで近づいてくるのが見えた。
「……ねえ、圭。あんなに騒がしかった世界が、やっと静かになったわ」
繭は圭の隣に膝をつき、彼の頭を優しく自分の膝へと招いた。幼い頃から何度も繰り返してきた、穏やかな膝枕。けれど今の彼女の瞳には、湿った暗い情熱が宿っている。
「ごめんね。外の世界があんなにあなたを呼ぶから……。あんなに強くあなたを連れ去ろうとするから、私、怖くてたまらなかったの。あなたが私の腕からこぼれ落ちて、どこか遠くへ消えてしまうんじゃないかって」
繭の指先が圭の頬を滑り、首筋へ、そして胸元へと降りていく。その指先には、いつの間にか鋭利な銀色の刃が握られていた。
「でもね、もう大丈夫。こうして心臓を止めてしまえば、あなたはもうどこにも行かない。誰にも触らせない。私の記憶の中のあなたと、目の前のあなたが、やっと一つになれるのよ」
「まゆ……やめ……っ」
かすかな拒絶は、繭の狂おしいほどの口づけによって塞がれた。
直後、胸の奥に熱い衝撃が走る。
「あ……が……っ」
鋭い痛みのあとにやってきたのは、奇妙な浮遊感だった。
溢れ出した血が、シャツを、そして繭の手を温かく濡らしていく。それはこの冷え切った部屋で唯一、生きている証のような鮮烈な熱だった。
繭はその熱を慈しむように、自分の頬を圭の胸に押し当てた。
トクン、トクン、と次第に遅くなっていく鼓動を、彼女は世界で一番美しい音楽でも聴くかのように、うっとりと目を閉じて受け入れている。
「ああ……温かい……。圭、あなたの全部が今、私の中に流れ込んできているみたい」
圭の視界から色が失われていく。
天井の白も、繭の黒髪も、すべてが深い闇へと溶け込んでいく。最後に耳に残ったのは、冷えていく彼の肌を強く、壊さんばかりに抱きしめる繭の、震えるような囁きだった。
「やっと、ずっと一緒だね、圭。……もう、誰にも邪魔させない。この繭の中で、永遠に二人きりよ」
明かりの消えた部屋で、繭は動かなくなった「宝物」を抱いたまま、いつまでも、幸せそうに微笑み続けていた。
蜜の檻 ―究極の所有― アーレ @Aren252518
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