第2話 空気の読み方

山本さんが辞めてから、職場は少しだけ静かになった。

正確には、静かになったように見えただけだった。


誰も山本さんの名前を口にしない。

送別の挨拶も、引き継ぎの話もない。

最初からいなかった人のように、席だけが空いた。


私は相変わらず、特に困ることもなく仕事をしていた。

業務は個人で完結するものが多く、質問すれば答えは返ってくる。

挨拶もされるし、雑談も振られる。

「ここでは、私はうまくやれている」

そう思っていた。


ある日、業務の進め方について確認を求められた。

前職では当たり前だった方法だったので、特に考えずに答えた。


「それだと、あとで困りませんか?」


一瞬、空気が止まった。

誰かが資料をめくる音だけがやけに大きく聞こえた。


「まあ、人それぞれやしね」


冗談のような口調で話題が変えられ、場は笑いで流れた。

私も笑った。

正しいことを言ったつもりだったし、否定されたわけでもない。


なのに、その日から少しだけ、会話に呼ばれるタイミングが遅くなった。

気のせいだと思う程度の、ほんの少し。


ここでは、正しいかどうかよりも、

「どう言うか」「誰が言うか」が大事らしい。


私は余計なことを言わないようにした。

聞かれたことだけ答える。

意見は持っていても、口には出さない。


それが一番、面倒が起きない方法だと思ったから。


山本さんも、

最初はこうして空気を読んで、

静かに笑っていたのかもしれない。

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