第23章 継承者たち

時は流れ、私の髪にも白いものが混じり始めていた。 鏡に映る自分を見る。 転生した時の子供の体は、いつの間にか青年のそれを通り越し、初老の入り口に差し掛かっていた。 過労死した前世の年齢に、近づきつつある。


「……そろそろ、潮時か」


私は工房――いや、今や「アルカス重工」と呼ばれる巨大工場の回廊を歩いていた。 自動織機の音が、心地よいリズムで響いている。 だが、その音色が以前とは少し違って聞こえた。 私のリズムではない。 新しい世代のリズムだ。


「おい、そこのロット! 温度管理が甘いぞ! マニュアルの3ページ目を読み直せ!」


現場では、トムが若手技術者を指導していた。 かつて私の後ろで怯えていた彼は、今や工場長として数千人の従業員を束ねている。 彼の指導は厳しいが、理不尽さはない。 「なぜそうなるのか」を理論的に説明し、部下を納得させている。


カイルは、営業本部長として世界中を飛び回っている。 彼の鞄には、生地見本と、私が教えた「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の精神が詰め込まれている。


私は、口を出そうとして、止めた。 喉まで出かかった「もっと効率的な方法がある」という言葉を飲み込む。 今の私が現場に出れば、彼らは萎縮し、私の指示を待つようになるだろう。 それは、組織の成長を止めることだ。


「……寂しいものね」


背後から声をかけられた。 ソフィアだ。 彼女もまた、目尻に皺を刻み、落ち着いた美しさを纏っていた。 私たちは結局、結婚という形は取らなかったが、誰よりも深く理解し合うパートナーとして並走してきた。


「寂しい? とんでもない。……誇らしいよ」


私はトムたちの背中を見つめた。


「僕は、自分が必要とされないシステムを作るために働いてきたんだ。工場長がいなくても回る工場。それこそが、究極の完成形だ」


「強がりね。手、震えてるわよ」


ソフィアが私の手を握った。 その温かさが、胸の奥にある「空虚な穴」を埋めていく。 仕事人間(ワーカーホリック)が、仕事を取り上げられた時の喪失感。 それは、どんな激務よりも辛い。


「……引退したら、どうするの?」


「そうだな。小さな手織り機を一台作って、田舎に引っ込もうか。自分の着たい服だけを、のんびり織るんだ」


「それ、前も言ってたわよ。でも結局、近所の人に頼まれて、また工場を作っちゃうんじゃない?」


「……否定できないな」


二人は笑い合った。 窓の外には、私たちが織り上げた世界が広がっている。 煙突から出る煙は白く(フィルターを通しているからだ)、川の水は澄んでいる。 通りを歩く人々は、色とりどりの服を着て、寒さに凍えることなく歩いている。


私の人生は、ただの「繊維屋」だった。 剣も魔法も使えなかった。 だが、この世界の「肌触り」を、少しだけ良くすることはできたと思う。 それで十分だ。

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