第22章 グローバルスタンダード
産業革命は、必ず「公害」という影を生む。 魔王という巨大な産業廃棄物を処理した私にとって、それは痛いほど分かりきった未来だった。 だからこそ、先手を打つ必要があった。
王都の迎賓館には、各国の代表者が集まっていた。 北の軍事大国、南の海洋国家、そして西の魔法都市。 彼らの目は、我が国が独占している「魔導繊維技術」に釘付けだった。
「アルカス殿、単刀直入に言おう。我が国にも技術供与を願いたい。金なら出す」 「こちらの国では、水車動力を無償で提供していただきたい」
彼らは技術(果実)だけを欲しがっている。 その裏にあるリスク管理(根っこ)には無関心だ。 私は分厚いバインダーを、ドン! とテーブルに叩きつけた。 会場が静まり返る。
「技術供与は可能です。ただし、この『アルカス工業規格(AIS)』に批准し、遵守することが絶対条件です」
「き、規格だと?」
「第一条、排水処理の義務化。工場からの排水は、生物濾過を経て無害化すること。 第二条、労働環境の適正化。児童労働の禁止および、週休二日制の導入。 第三条、品質の均一化。……」
私は数百ページに及ぶ条文を突きつけた。 それは、現代日本のJIS規格と、ISO(国際標準化機構)の基準、そして労働基準法をミックスした、異世界史上最も厳しい「縛り」だった。
「馬鹿な! こんな面倒なことをしていては、利益が出ん!」 「排水処理施設だけで、どれだけのコストがかかると思っているんだ!」
各国の代表が猛反発する。 私は冷ややかな目で彼らを見回した。
「コスト? 高いに決まっているでしょう。ですが、『魔王』が再来するコストに比べれば安いものです」
その言葉に、全員が口をつぐんだ。 あの腐敗の霧の恐怖は、まだ記憶に新しい。
「あなた方が欲しがっているのは、ただの便利な技術ではない。世界を滅ぼしかけた『力』そのものです。それを扱う資格があるのは、その『責任』を負える者だけだ」
私は、魔王を濾過した際に採取した、黒い結晶の小瓶をテーブルに置いた。 微かな瘴気が漏れ出し、代表者たちが青ざめてのけぞる。
「もし、AISに違反し、無秩序な乱開発を行えば……私が直接、工場を『監査』しに行きます。その時は、供給ラインを止めるだけでなく、あなた方の国を経済的に封鎖(ブロック)しますよ」
これは脅迫ではない。 サプライチェーンを支配する者による、正当なガバナンスだ。 兵站総監としての私の力は、軍事力以上に、各国の経済の首根っこを押さえている。
「……分かった。批准しよう」
渋々ながら、彼らはサインをした。 それは、この世界に初めて「国際法」と「環境倫理」が生まれた瞬間だった。
会議の後、ソフィアが呆れたように私に言った。
「あなたって、本当に魔王よりもタチが悪いわね。世界中の工場長を敵に回したわよ」 「構わないさ。その代わり、世界中の川と、労働者たちを味方につけた」
私はネクタイ(これも新商品だ)を緩めた。 グローバルスタンダード。 それは、誰もが同じルールの上で、公正に競争するための土台だ。 これでようやく、私は安心して眠れる……かもしれない。
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