第21章 戦後復興と新しい服
平和は、ファンファーレと共に訪れるものではない。 それは、山積みになった請求書の束に押される、重苦しいスタンプの音と共にやってくる。 少なくとも、兵站総監である私にとってはそうだった。
「……計算が合わない。誰だ、祝勝会でドラゴンの肉を三トンも発注した馬鹿は」
王都の執務室。 私は目の下にどす黒い隈を作りながら、伝票の山と格闘していた。 魔王との決戦から三ヶ月。 世界は熱狂から醒め、現実という名の二日酔いに苦しんでいた。
軍隊の解体(デモビライゼーション)。 それが今の最大の課題だった。 職を失った数万人の兵士が、路頭に迷おうとしている。 彼らの手には剣ダコがあり、その心には戦場の傷跡が残っている。
「アルカス、顔色が土気色よ。……少しは外の空気でも吸ったら?」
ソフィアが窓を開け放つ。 春の陽気と共に、街の賑わいが流れ込んでくる。 だが、その景色には違和感があった。 行き交う人々が着ている服の色だ。 灰色、茶色、そして軍服の払い下げ品である濃紺。 世界はまだ、戦争の「色」を引きずっている。
「……彩度(サチュレーション)が低いな」
私はペンを置いた。 復興とは、単に建物を直すことではない。 人々の心を、日常へと書き換える(リライト)作業だ。
「ソフィア、新しいプロジェクトを立ち上げる」 「また? 今度は何を作るの? 対空防御システム?」 「いいや。『既製服(プレタポルテ)』だ」
私は立ち上がり、ホワイトボードに向かった。
「これまでの服は、金持ちのためのオーダーメイドか、貧民のためのボロ切れしかなかった。その中間がない。安くて、丈夫で、そして『美しい』服を量産する」
私は、兵士たちの再就職先を考えていた。 彼らは私の指揮下で、規律ある集団行動と、マニュアル遵守の精神を叩き込まれている。 つまり、優秀な「工場労働者」になり得る素質がある。
「剣をハサミに持ち替えさせる。鎧を脱がせ、ファッションという新しい文化を纏わせるんだ」
数ヶ月後。 王都の中央広場で、世界初の「市民のためのファッションショー」が開催された。 ランウェイを歩くのは、かつての強面(こわもて)の騎士たちや、酒場の看板娘たちだ。
彼らが着ているのは、染色技術の粋を集めたパステルカラーのシャツや、動きやすいプリーツスカート。 そして、丈夫なデニム生地で作られた作業着(ワークウェア)。
「見て! あの青色、空みたい!」 「あのズボン、すごく動きやすそうだぞ!」
観衆の目が輝く。 そこには、「生き残るための服」ではなく、「生きることを楽しむための服」があった。 モデルを務めたガレイン団長が、照れくさそうにデニムのジャケットを羽織ってポーズを決める。 黄色い歓声が上がる。
「……悪くない」
舞台袖で、私はその光景を眺めていた。 私の隣に立つカイルが、満足げに頷く。
「工場長、注文が殺到してます。軍需工場のラインを、民生用に切り替えますか?」 「ああ、フル稼働だ。ただし、今度は納期に追われるなよ。……人々が笑顔になるための服だ。作る側も笑顔でなきゃ、嘘になる」
私の言葉に、カイルは驚いたように目を見開き、そしてニカっと笑った。 かつて鞭で部下を叩いていた彼はもういない。 そこには、誇り高き工場のリーダーがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます