第15章 空飛ぶ補給路

戦況は一進一退の膠着状態(デッドロック)に陥っていた。 しかし、その均衡を破る凶報が届いた。


「北端の要塞『ノース・ゲート』が孤立! 敵の別動隊により、陸路が完全に遮断されました!」


地図上の赤いピンが、黒い駒に取り囲まれている。 そこには、三千人の兵士と、避難が遅れた一万人の市民が閉じ込められている。 食料も、燃料も、そして防寒着も足りない。


「救出部隊を送るには、敵の包囲網を突破する必要があります。しかし、それには数週間かかる……」 「その前に餓死か凍死だ」


ガレイン団長が拳を机に叩きつけた。 陸がダメなら、残る道は……。 全員の視線が、無意識に天井(空)へと向く。 だが、この世界に飛行機はない。ワイバーン騎兵は少数精鋭すぎて、大量の物資輸送には向かない。


「……布で、空を飛ぶ」


私が呟くと、会議室の空気が凍った。 ソフィアだけが、真剣な眼差しで私を見ていた。


「アルカス、できるの?」 「理論上は。……いや、やります」


必要なのは、巨大な気嚢(きのう)。 熱気球か、あるいは……。 私は「スライム・ナイロン」の特性を思い出した。 気密性が高く、軽量で、強靭。 これをコーティングすれば、空気(ガス)を漏らさない袋が作れる。


「『空中投下作戦(エア・ドロップ)』を行います」


私は設計図を広げた。 飛行船を作る時間はない。 作るべきは、巨大な「パラシュート」と、風に乗るための「グライダー」だ。 ワイバーンに牽引させ、上空から物資を投下する。


「1デニール(髪の毛の十分の一)の極細糸で織った、超軽量高密度タフタ生地。これなら、畳めばバックパックに入るサイズで、広げれば数トンの物資を支えられる」


工房は再びフル稼働に入った。 今度は「軽さ」との戦いだ。 一グラムでも軽く、かつ破れない強度。 織機の限界速度で、薄く、強い布が織られていく。 その布は、光にかざすと虹色に輝いた。


作戦決行の日。 空は鉛色だったが、風は北へと吹いていた。 ワイバーン部隊が、巨大な布の塊を吊り下げて飛び立つ。 私は望遠鏡でその軌跡を追った。


要塞の上空。 合図と共に、布の塊が切り離された。 一瞬の落下の後。 バッ! という音と共に、空に巨大な白い花が咲いた。 パラシュートが開いたのだ。 吊り下げられたコンテナが、ゆっくりと、優雅に、死地へと舞い降りていく。


「開いた……!」


歓声が上がった。 望遠鏡越しに、要塞の人々が手を振り、涙を流して物資に駆け寄る姿が見えた。 空からの補給路。 それは、地上の物理法則(ルール)に縛られていた戦争の概念を覆した瞬間だった。


「届いたな……」


私は望遠鏡を下ろし、震える手でコーヒーをあおった。 繊維は、肌を包むだけではない。 風を孕み、空を制し、希望を運ぶ翼にもなる。 私の作った布が、物理的に世界を「繋いだ」のだ。


だが、安堵する間もなく、空の色が変わった。 魔王軍の本陣から、どす黒い光の柱が立ち上るのが見えた。 最終決戦の狼煙(のろし)だ。 ラスボスは、こちらの兵站線を直接叩き潰すつもりで動き出したのだ。


「工場長! 敵の巨大反応、こちらへ向かってきます! その数、推定十万!」


「上等だ。……全ライン、最終工程(ファイナル・プロセス)へ移行。在庫一掃セールといこうか」


私は白衣の裾を翻し、工場の制御室へと向かった。 これより、私の「内政チート」の集大成を見せる時が来た。

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