第16章 魔王の正体

震源地は大地ではなく、空気そのものだった。 肺腑を圧迫する重苦しい振動と、鼻の奥にこびりつくコールタールのような悪臭。 それは「強大な敵」の気配というより、巨大なゴミ処理場が爆発したかのような、生理的な嫌悪感を催すものだった。


「……臭うな」


私は望遠鏡を覗きながら、ハンカチで鼻を覆った。 地平線の彼方、紫色の光柱の中心に鎮座しているのは、角の生えた巨神でも、漆黒のドラゴンでもない。 不定形の、泥のような「何か」だ。 それがゆっくりと脈打ちながら、大地を侵食し、草木を枯らし、土を灰色に変えている。


「あれが魔王……? まるで、ヘドロの塊じゃないか」


隣にいたガレイン団長が、嫌悪感を露わにして呻いた。 彼の剣技も、物理的な実体を持たない流体相手には分が悪いだろう。


「エルドレッド様、解析結果は?」


私は隣で水晶球を操作している宮廷魔導師に声をかけた。 エルドレッドは冷や汗を流しながら、信じられない数値を見つめていた。


「魔力濃度、測定不能(オーバーフロー)。……いや、これは純粋な魔力ではない。世界中の『使い古された魔力』の澱(おり)だ」


「使い古された魔力?」


「魔法を行使すれば、必ず『魔力カス』が出る。我々はそれを大気に放出していたが、どうやらそれは自然分解されず、北の最果てに吹き溜まっていたらしい。それが長年の歳月を経て凝縮し、意思を持った……」


私は息を呑んだ。 つまり、魔王とは「産業廃棄物」の集合体ということか。 人類が文明を発展させ、魔法を使いまくった結果生じた、巨大なツケ。 環境汚染(ポリューション)そのものが、人間に牙を剥いているのだ。


「剣で斬れば飛び散り、炎で焼けば有毒ガスになる。……最悪の相手だ」


ガレインが絶望的な声を出す。 物理攻撃無効。魔法攻撃吸収。 近づくだけで、その高濃度の汚染魔力によって生物は細胞レベルで崩壊する。 腐敗の霧は、この魔王の「ため息」に過ぎなかったのだ。


だが、私の脳裏には、全く別の回路が繋がっていた。 汚染水。ヘドロ。有毒ガス。 これらは、製造業の現場においては「倒すべき敵」ではない。 「処理すべき対象」だ。


「……濾過(ろか)するしかないな」


私の呟きに、全員が振り返った。


「濾過だと? 相手は山脈ほどもある化け物だぞ!」


「サイズは関係ありません。成分が粒子(パーティクル)である以上、物理的に分離可能です」


私は白衣のポケットから、一本のペンを取り出した。 震える手ではない。計算する手だ。


「魔王を殺すのではありません。魔王を『浄化』し、純粋な魔力と不純物に分離して、自然界へ還す。……大規模排水処理施設の建設です」

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