第14章 魔獣の革と合成繊維

「工場長、報告します。……詰みました」


在庫管理担当のトムが、真っ青な顔で私のテントに入ってきた。 手には在庫表があるが、見るまでもない。 数字が全て「0」に近いことは、肌感覚で分かっていた。


「羊毛の備蓄、枯渇。綿花の輸入ルート、魔王軍により遮断。麻の収穫量、例年の半分以下」


トムの声が震えている。 防寒服、包帯、テント、毛布。 戦争は物資をブラックホールのように飲み込んでいく。 需要は右肩上がりなのに、供給(リソース)が尽きた。 いくら織機があっても、織るべき糸がなければただの箱だ。


「国内の羊を丸刈りにしても、あと一週間も持ちません。……もう、終わりです」


テントの外では、冷たい風が吹き荒れている。 このままでは、補給が途絶え、前線は崩壊する。 何か、代わりになるものは……。


その時、外で騒ぎが起きた。 討伐隊が帰還したのだ。 荷車には、山のような「魔物」の死骸が積まれている。 巨大な蜘蛛、剛毛の猪、そしてゼリー状のスライム。 兵士たちが鼻をつまんで、焼却処分用の穴に投げ込んでいる。


「臭えな、さっさと燃やせ!」 「こんなゴミ、何の役にも立たねえよ」


ゴミ? 私の脳裏に、稲妻のような閃きが走った。 私はテントを飛び出し、死骸の山に駆け寄った。 悪臭に顔をしかめながら、巨大な蜘蛛の死骸に触れる。


「……強靭だ。引張強度は鋼鉄並み」


次に、スライムの死骸を棒でつつく。 ドロドロとした粘液。 酸性で、触れるとかぶれる厄介な物質。 だが、その構造は……高分子ポリマー(重合体)そのものではないか?


「トム! 焼却中止だ! この『ゴミ』を全て回収しろ!」 「はあ!? 工場長、気が触れたんですか!? ただの魔物の死骸ですよ!」 「違う! これは『資源(リソース)』だ!」


私は叫んだ。 この世界には石油がない。だから合成繊維(ポリエステルやナイロン)は作れないと諦めていた。 だが、ここにある。 生物由来のバイオプラスチック原料が、向こうから歩いてきて死んでくれたのだ。


私は即席の「化学プラント」を設計した。 スライムの核を取り除き、巨大な釜で煮溶かす。 そこに、中和剤と架橋剤(をつなぐための魔法薬)を投入する。 ドロドロの液体が、熱と化学反応によって、粘りのある樹脂へと変化していく。


「見ろ、これが『重合(ポリメリゼーション)』だ」


私は、底に微細な穴を開けた筒(ノズル)に、その樹脂を流し込んだ。 上から圧力をかけると、ところてんのように細い糸が押し出される。 冷水の中を通すと、それは瞬時に固まり、透明な繊維となった。


「引っ張ってみろ」


トムがおっかなびっくり糸を引っ張る。 切れない。 彼の顔色が、恐怖から驚愕へと変わった。


「……切れません。羊毛より強い……いや、蜘蛛の糸よりもしなやかだ!」 「名付けて『スライム・ナイロン』。吸水性はないが、速乾性と強度は最強だ。これでテントも、防寒着の外殻も、いくらでも作れる」


さらに、魔獣の皮からはコラーゲン繊維を抽出し、人工皮革(シンセティック・レザー)を生成した。 天然資源に依存しない、完全循環型の「魔獣リサイクル産業」の誕生だ。


「敵を倒せば倒すほど、我々の装備は潤沢になる。……皮肉な話だな」


出来上がった光沢のある黒い生地を見つめ、私は自嘲した。 魔王軍は、自分たちが資源(エサ)を運んできていることに気付いていない。 産業革命は、ついに「化学工業」の領域へと足を踏み入れた。

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