第9章 王都への進出

王都の舞踏会場は、むせ返るような香水の匂いと、行き場のない熱気で満たされていた。 シャンデリアの輝きが、貴婦人たちの宝石と競うように煌めく。 だが、私の目はその華やかさの裏にある「欠陥」だけを捉えていた。


「通気性が最悪だ……」


私はグラス片手に、壁際で小さく呟いた。 目の前で談笑する貴族たちの衣装。 金糸銀糸をふんだんに使った豪華なドレスや礼服だが、その重量は異常だ。 生地は硬く、関節の動きを阻害し、何より汗を吸わない。 彼らは優雅に微笑んでいるが、その背中には不快な汗が滝のように流れているはずだ。


「アルカス、顔が怖いわよ。今日はあなたのデビュー戦なんだから」


隣に立ったソフィアが、扇子で口元を隠しながら囁いた。 彼女のドレスは、私の工房で織り上げた特注のシルク・サテンだ。 ドレープ(生地の落ち感)が美しく、光沢が水面のように揺らめく。 そして何より、驚くほど軽い。


「緊張しているんです。こんな煌びやかな場所は、工場の休憩室とは勝手が違う」


「あら、あなたの技術があれば、この会場の全員をひれ伏させることなんて簡単でしょう?」


ソフィアの合図で、ホールの楽団が演奏を止めた。 ざわめきが収まり、視線が中央のステージに集まる。 今日のメインイベント。 ソフィア・フォン・ローゼンバーグ伯爵令嬢が主催する、「新時代のアパレル展示会」だ。


「皆様、本日はお集まりいただき感謝いたします。これより、我が領地で開発された『新素材』のお披露目をいたします」


ソフィアの声が響く。 だが、貴族たちの反応は冷ややかだった。 「たかが服だろう?」「辺境の田舎者が」という嘲笑が聞こえる。


私はステージ袖で、モデル役の騎士団員たちに頷いた。 彼らは、従来の重厚な金属鎧ではなく、私が開発した「戦闘用強化繊維服」を身に纏っている。


「デモンストレーション、開始」


私の合図で、騎士たちがステージに飛び出した。 その動きは、目にも留まらぬ速さだった。 バック転、跳躍、そして模擬剣による激しい打ち合い。


会場がどよめいた。 「な、なんだあの動きは!?」「鎧を着ていないのか?」


騎士団長である屈強な男、ガレインがステージ中央で剣を止めた。 彼は、私の作った濃紺の軍服を着ている。 見た目はただの布だが、その中身は多層構造(レイヤリング)になっている。 表地は摩耗に強い高密度コットン、中間層には衝撃吸収性のある蜘蛛の糸の混紡、そして肌側には汗を熱に変える「吸湿発熱素材」だ。


「ガレイン団長、着心地はどうですか?」


ソフィアがマイク代わりの拡声魔導具で問いかけた。 ガレインは額の汗を拭うこともなく、マイクを受け取った。


「……信じられん」


その低い声は、会場の隅々まで届いた。


「今まで私は、20キロの鉄板を背負って戦っていた。だが、この服は……羽だ。着ていることを忘れるほど軽い。なのに、剣を受けても衝撃が分散される。そして何より――」


彼は自分の胸に手を当てた。


「魔力の循環が阻害されない。いや、むしろ増幅されている。まるで、全身が魔力回路になったようだ」


その言葉が決定打だった。 魔力を武器とするこの世界の戦士にとって、それは夢のような機能だ。 沈黙が破られ、会場は割れんばかりの拍手と、発注を叫ぶ声に包まれた。


「素晴らしい! 我が騎士団にも導入したい!」 「その生地でドレスを作ってくれ!」 「冬の遠征用コートはあるか!?」


殺到する注文。 ソフィアが得意げに私にウインクを送る。 だが、私は冷静にメモを取っていた。 これだけの需要に応えるには、現在の生産ラインでは足りない。 第二工場の建設、物流網の再構築、そして品質管理担当者の増員が必要だ。


華やかな拍手喝采の中で、私の脳内では工場のベルトコンベアが高速で回転し続けていた。 成功は嬉しい。 だが、生産管理屋にとっての本当の地獄は、ここから(受注後)始まるのだ。

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