第8章 人材育成と標準化


規模の拡大は、新たな苦しみを生む。 工房は今や、近隣の村から集まった百人を超える従業員を抱える「工場(プラント)」となっていた。 その中には、食い詰めた農民や、借金で身売りされそうになっていた元奴隷たちも含まれていた。


彼らは勤勉だが、教育を受けていない。 文字が読めず、数も数えられない者が大半だった。 その結果、何が起きるか。


「不良品(NG品)の山だ……」


私は検品台に積まれた布の山を見て、頭を抱えた。 織り目が飛んでいる。寸法が違う。色が斑(まだら)だ。 これらはすべて「ヒューマンエラー」によるものだ。


「おい! 何度言ったらわかるんだ! 糸が切れたらすぐに止めろと言っただろう!」


現場では、古参の職長(カイル)が、新入りの少年を怒鳴りつけていた。 少年は恐怖で体を縮こませ、涙目で謝っている。 カイルの手には、折檻用の棒が握られていた。 この世界では、失敗した徒弟を殴るのは当たり前の「教育」だった。


「やめろ、カイル!」


私は大声で叫び、二人の間に割って入った。


「殴って技術が向上するなら、俺が毎日お前を殴ってやる。だが、痛みは恐怖を生むだけで、品質は生まない」


「でも、アルカス! こいつ、同じミスを三回も……!」


「三回ミスをするのは、教え方が悪いか、仕組みが悪いかのどちらかだ」


私は泣いている少年に向き直った。 彼の名前はトム。元は農奴の子だ。 手はあかぎれだらけで、怯えきっている。


「トム、なぜ糸が切れたことに気付かなかった?」


「……わ、わからないんです。一生懸命見てたんですけど、気付いたら切れてて……」


「見えなかったのか?」


「……はい。機械の影になって、暗くて」


「そうか」


私はカイルを睨んだ。


「聞いたか? 彼はサボっていたわけじゃない。照明が暗くて見えなかったんだ。悪いのはトムじゃない。照明を配置しなかった『環境』だ」


私はすぐに改善(アクション)に移った。 織機の糸が通る場所に、反射板を取り付け、光を集めるようにした。 そして、糸が切れたら重りが落ちて、カランと音が鳴る「自動停止装置」を考案した。 豊田佐吉が発明した、あの有名な仕組みの簡易版だ。


「いいか、人間はミスをする生き物だ。ミスをしないように頑張る精神論はいらない。ミスが物理的にできない仕組みを作るんだ」


そして私は、壁に大きな絵を貼り出した。 文字の読めない彼らのために作った、「絵で見る作業マニュアル」だ。 正しい手順、悪い手順、緊急時の対応。すべてをイラストで表現した。


「これを全員に周知しろ。そして、ミスが起きたら『誰がやったか』を責めるな。『なぜ起きたか』を全員で考えろ。それが『カイゼン』だ」


私の言葉は、彼らにとって異文化の衝撃だった。 失敗しても殴られない。 それどころか、失敗を報告すると「よく報告した」と褒められ、一緒に解決策を考えてくれる。


工場の空気が変わった。 怯えが消え、代わりに「提案」が生まれ始めた。 「ここをこうすればもっと楽になります」「この道具の形を変えたいです」。 彼らはただの労働力(ハンズ)から、考える技術者(エンジニア)へと成長していった。


ある日の夕方、トムが私の元へやってきた。 手には、歪みのない完璧な布を持っていた。


「工場長……これ、僕が織りました。一度も止めずに」


彼の誇らしげな笑顔。 それは、私が作ったどんな魔導繊維よりも美しく見えた。


「上出来だ、トム。Aランクだ」


私は彼の頭を撫でた。 人は、誇りを与えられれば、限界を超えて成長する。 この百人の「考える集団」こそが、私の最強の武器だ。 魔王軍が何万のアンデッドを繰り出そうとも、自律的に考え、改善し続けるこの組織には勝てない。 私はそう確信していた。


だが、運命は過酷だ。 北の国境から、急報が届いた。 「腐敗の霧」が、砦の一つを飲み込んだという知らせだった。 私たちの作った布が、ついに実戦で試される時が来たのだ。

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