嵐の前の静けさ

『イレギュラーが発生したけど、気を取り直そう』

「随分と主張の強いイレギュラーだったなぁ」


 悪いやつではないことは確かだけど。


『今日のうちに四級冒険者になりたいところだね』


 彼女自身は戦わないというのに、魔王は「出入口」の前で準備運動を始める。


 ここは冒険者協会のすぐ横、初心者用のダンジョンだ。ビル一棟にする形で生まれたために手付かずとなっていたが、そこを協会が買い取った。


 ここを攻略する事が、四級冒険者になるための前提条件だ。


「ま、ここを越えないと始まりもしないな」


 一級は英雄、二級はベテラン、三級は中堅、四級はビギナー。そんな並びの中で、現在俺は五級だ。


 五級はよく仮免に例えられる。

 初心者ダンジョンという試験を突破することによって、ようやく一端の冒険者として認められるというわけだ。


 配信が認められるのも四級から。

 パーティを組むのも四級から。


 兎にも角にも、四級にならないことには何も始まらないというわけだ。


『あーゆーれでぃ?』

「余裕」


 自動ドアにしか見えない透明な扉を押し開け、ダンジョンへと侵入した。



 ◆




「お、おぉ」


 鬱蒼と生え下がった木の向こう側から、虫のざわめきが届く。湿度が高くじめじめしていながらも爽やかな風が木の葉を揺らし、肌を撫でた。


 頭上には田舎で見るような透き通った青空が見える。深く息を吸ってみるが、排気ガスの匂いはしなかった。


「知ってはいたが、不思議な感覚」

『君も自然を慈しむ心を持ってたんだねぇ』

「ちょっと馬鹿にしてる?」

『イヤダナァ、シテナイヨ』


 明らかな棒読みで弁明する魔王を無視しつつ、周りの冒険者に着いて行きながら移動する。ダンジョンだというのに森の中は人の気配で満ちていて、そこかしこから話し声が聞こえてくる。


 先ほども言ったように、このダンジョンは初心者用だ。

 命の危険はそこまで無く、訪れるのもニュービーか、それに付き添う気の抜けた熟練者ばかりだ。だからか空気感は緩く、戦場といった雰囲気ではない。


 軽く整備された獣道を行くと、すぐに分かれ道に遭遇した。

 そこからはバラバラに冒険者たちも動いていて、俺は直感的に右を選ぶ。


『次からは理由を説明できる選択をしようね、危ないから』

「すいませんでした」


 くどくどと怒られつつ、草木をかき分けて先へと進む。


 進むたびに植生が変わり、囲うように立ち並ぶ木によって視界が遮られる。


 虫の鳴き声が段々とその勢いを増し、嘲笑にも聞こえる響きになる。雰囲気が変わったのを、直感した。


『来るよ』


 がさ。

 茂みの中から、それが姿を現した。水たまりがそのまま歩いているのかと錯覚するほどの流動的で愛らしいボディ。


 それが動くたびにぽよんぽよんと擬音が発生し、土に可愛らしい轍を刻む。


 ダンジョンのマスコット、世界一可愛い魔物の名前をほしいままにする存在。


「お、スライム」

『うーん、君が可愛らしいと思うのもわかるよ?でもこれも魔物なわけで、油断すれば君の命を奪う可能性も』


 すっ、と剣を抜く。

 まだ俺に警戒すらしていないスライムに歩み寄って、その切先を突きつけた。


 ぐちゃ。

 ぐちゃ、ぐちゃ。


 甲冑から受け取った片手剣をそのまま使っているが、切れ味は悪くない。スライムが抵抗する前に何回も、何回も切り付けた。


 なんか、視線が痛い。

 魔王からも、近くを通った女性からも白い目で見られた気がする。


「え、魔王。なんか言った?」

『……いや、何でもない。本当に杞憂だったね』

「?」


 魔王にしては珍しく、歯切れの悪い言葉だ。表情もいつも見たいな優しいものではなく、理解できないものを見る冷えた顔つきだった。


 え、なんかやらかした?


『ま、迷いのないことはとても良いことだからね。仮にとても可愛らしいと理解した上でそれを殺し、死体斬りできる君も、私は素晴らしいと思う』


 早口で捲し立てるその姿は、俺に話しかけているというよりも自分を納得させるためにそうせざるを得ないという風だった。


「ど、どうした?」

『気にしなくて良い、ほんとに』


 絶妙なコミュニケーションエラーを感じているところに、次の敵が現れる。


 子供くらいの背丈、真緑の肌。ピザの一切れのように尖った耳を震わせ、汚らしい涎を撒き散らかす怪物が躍り出た。


 それも、三体。


『よし!よく出てきてくれたゴブリン!これは迷いなくいっていいよ!』

「いやまぁ、知ってるけど」


 飛びかかってくるゴブリンの顔面に拳をぶち込み、気絶したその小さな体を仲間に投げつける。


「ふっ」


 そして、困惑した仲間を含めて一刀両断した。

 魔物は生物ではないので血は出ないが、煙状の魔力が溢れ出る。


 チリに変わって消えるゴブリンの死体を見届けた後もう一体に視線を移すと、もうソイツは逃げ出していた。


「待てよ」


 地面を踏み、木を蹴り、空中を進む。

 一瞬でゴブリンとの距離を踏み潰して、殺す。ゴブリンはか細い悲鳴をあげて、遺体も残さずに消えた。


『う、うわぁ。これはこれでエグい』

「どうしろってんだ魔王」


 迷いなく行ったら行ったで魔王はドン引きしていた。めんどくさい相方である。


「ほら、先進むぞ」



 ◆



 結果から言えば、特筆することのないまま俺はダンジョンを攻略した。


 あれから森林を抜け、洞窟みたいな洞穴を抜けてボス戦をしたのだが、その最中に苦戦をすることはなかった。


 俺に才能があるというより、タイミングが悪い……らしい。魔王が言うには。


 一応ボスだったらしいオークからアイテムを回収しつつ、深く息を吸った。まだ、息すら上がっていない。


 騎士と戦った時のような緊迫感や研ぎ澄まされる感覚がない。ただ学校に行くみたいに、普通に進んだだけだ。


『生き物を殺したのにその反応ってのも、少し不思議だけどね』

「……」


 そう、なんだろうか。

 握ったり開いたりしながら、生物を殺したらしい手の感触を確かめる。でも、特に何も思わない。


「そうか。生き物だよな」


 ダンジョンで生まれる魔物は。そういう風に思っている自分を、初めて自覚した。多分魔王以外、それに気づいている人も中々いないのだろう。


 何とも言えない気持ちで彼女を見ると、優しく頬を触られた。

 感触はないが、騒がしかった頭の中が少しすっきりした。


『ま、うだうだ悩んでいるより百倍マシさ。さっさと協会に戻ろう』


 くるりと踵を返した魔王の背中を追って帰路につく。気付かぬうちに随分と歩いてきたようで、ボスと戦った場所はダンジョン全体が見渡せる小高い丘だった。


 こうやって俯瞰して見れば、建物の中であることを忘れるくらいに自然の風景。幼少期に走り回った近所の山を思い出す。川のせせらぎに心が浄化され、人の気配一つしないその光景にぼんやりと心奪われる。


「ん?」


 違和感。

 人の気配が、ない。


「魔王。この近くに人はいるか?」

『ちょっと待ってくれよ──……反応が、無い。ダンジョン内部に、ほとんど反応がないよ』


 「覚醒者」が持っている魔力を探知した結果、俺を含めこのダンジョンには四人しか冒険者がいないらしい。


「変だな」


 このダンジョンに入ったときは、どこからでも人の声が聞こえてきた。

 仮に途中で撤退しているとしても、あの数の冒険者が一気にいなくなるのは考えずらい。何か予想外の事態が起きていると考えた方がいいだろう。


『とっても嫌な予感がする。ごめんね、私のミスだ』

「いや、俺の気が抜けてた」


 片手剣を強く握りなおす。

 油断していた。あの騎士に比べればどんな敵も弱くて、初心者用ダンジョンなんて敵じゃないって、驕っていた。


 ここは未知の場所だ。

 異世界とつながった、現代に存在するファンタジー。何が起きても不思議ではなく、死がとても身近な危険地帯。それを、しっかり念頭に置かなきゃいけない。


『とりあえず、様子見しながら撤退を』

「きゃあああああああ!!!!!!」


 魔王の声をかき消して響いたのは、甲高い悲鳴だった。


 

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